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「こっちに来るなエリー! お前だけでも逃げろ」
「でも……」
エリー?
この女の子の名前か?
だとしたら彼女もヴェルナスと同じ農民の子か?
エリーは小型弓で武装している。
彼女の華奢な身体では重い武器を振り回すのは無理だろう。
かろうじて小型弓を扱う程度の筋力しかない。
彼女はすばやく少年の縄をほどいた。
ここで俺達が二人とも拘束しておけば良かったのだろう。でなければ彼らはきっと俺とマリアを殺して、ここを通る抜けるだろう。
彼らの狙いは分かっている。
領主エドワード・クロスカインだ。
ヴェルナスという少年は構えなおし、こちらに短剣を突き立ててきた。その切っ先には憎しみがこもっている。
「エドワードとマクベインが攫っていった……俺たちの仲間を返せ……!」
攫っただと!?
俺はあることを思い出した。
なぜ街から人が居なくなったのか?
以前にマリアからそんな質問をされた。
おそらくは貿易の独占だろうと。輸入品に高い関税をかけて、自国産の品を優遇していたから?
船にも高い所有税をかけていたから、船員や作業員が逃げ出したとか?
もしかしたら、港町ゆえに疫病が流行ったのかもしれない……そう答えた気がする。
地方に重税を課したのは国王陛下カアル1世。
(ケイン王国の若き王です。先代が亡くなって以後、兄のクラウス王が統治していました。ですが野心に溢れ、竜心王と謳われるクラウス王は大陸へ遠征に行ってしまい、それから連絡が途絶えました。戦争で死んだとの噂が流れています。今は弟のカアル王が島の実権を握り……誰よりも横暴で、それゆえに【血濡れ王】の名を冠し、地方の貴族たちに更なる税を課しています)
確かマリアがそういっていた。
だがエドワードはカアル王から贔屓されていた。領民の子供らを労働者として売っていたから……。
エドワードのバカ野郎!
非道な行いをするから、こんなことになるんだ。
まったく完全に悪徳貴族だな。
カアル王に気に入られるためとはいえ、人狩りは明かな失敗だ。
そのせいで農民の多くが、《義勇軍》に寝返ったというじゃないか。
きっとエドワードの暗殺を目論む輩がたくさん居るだろう……。
さてどうする?
この少年たちは攫われた仲間を助ける為に乗り込んできたんだ。
どうするもこうするもない。ヴェルナスとエリーは己の身の危険をかえりみず、仲間を助けるために侵入して来たんだ……。
ならば仲間たちを解放してやればよい。彼らは正義をおこなっているのだから。
だが無理だ。
彼らの仲間はここにいない。
そしてもうひとつ疑問がある。
彼らはどうやってこの地下迷宮に忍び込んだか?
言うに及ばず、俺たちは図書館から地下迷宮に潜った。もしも彼らも同じように図書館から潜ったのなら、俺たちやあるいはミュウルニクスに見つかるはずだ。それでも俺らは一度も不審な人物を目にしなかった。
つまり彼らは図書館から地下迷宮に潜ったわけじゃない?
この地下迷宮は図書館の他にも入り口が複数あるのか?
「フューリーちゃん……考えていても仕方ありません。いまは彼らを拘束するのが先です。もしも彼らが領主様に見つかったら大変なことに……」
マリアのいうとおりだ。エドワードに見つかったら謀反の罪で死刑は免れない。
「エドワードの奴め。俺達の税金でこんなふてぶてしい犬を飼って遊んでやがるのか……!」
そういってヴェルナスが俺を噛みつきそうな勢いで睨み付ける。
ふてぶてしい犬だって?
おい!
俺は犬じゃないぞ。
それにふてぶてしくしてるつもりもない……。
聖獣カーバンクルを知らないのか?
もしかして貴族たちの間でしか、その存在を知られていないのか?
それともこのヴェルナスが無知なだけか?
その刹那、ヴァルナスがマリアの隙をついて突進してきた。
「そこをどけ。エドワードめ、女の後ろに隠れてないで堂々と出てこい。俺が殺してやる」
少年のナイフ捌きは見事な物だった。すばやく切り返してくる。
だがそれ以上にマリアの腕は上だ。ロングソードですばやく短剣を叩き落す。
「この程度の腕で私と戦おうなど、ずいぶんと舐められたものですね……さて、謀反を犯した者は問答無罪で死刑です。さあ覚悟しなさい」
やめろマリア。相手はまだ子供だぞ!
それよりも伝えて欲しい。こいつらは【義勇軍】のメンバーなのか?
だとしたらレオンハルトを知っているか?
彼の居場所を知っているなら、俺を案内してくれないか?
「ふざけるな! なんで俺がこんなふてぶてしい犬を……!」
攫われた仲間を助けたいんだろう?
協力してやる。だからお前も俺に協力しろ。
それを伝えてもらうと、ヴェルナスは黙り込んでしまった。