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画廊に巣食う《やもり竜》を倒した。
名前のとおり巨大なヤモリの姿をした魔物であった。滑らかな皮膚は黒い粘液に塗れている。
《やもり竜》の黒い唾液には体を麻痺させる毒が含まれており、さらには噛まれると壊疽を起こす。
そうやって動きを封じてから、獲物を丸呑みにするらしい……。
ほんとうに厄介な相手だった。
それにしても、マリアの太刀筋は凄かった。一瞬のうちに奴の弱点である腹を一刀両断した。
これほどの腕だ。昔はかなり名を馳せた騎士だったのかも。
いちどじっくりと話をしたいものだ。
ふとヤツの裂けた腹部から、何かの骸が押し出された。生前にこいつが食したものだろう。
ほとんどは蟲精の死骸であったが、そのなかにきらきらと輝くものがある。
銀色の首飾りのようなもの……これはいったい何だ?
おそらくは食われた蟲精が持っていた物だろう。どういういきさつでこれを持つに至ったか知らないが。
それはかなり古びていたが、まるで新品のように強烈に光を反射している。
じつに見事な逸品だ。
もしかしたら、この図書館をつくったドワーフ族のものか?
そうだ。
きっと彼らが作り上げたものだ。
これを持っていたドワーフ族の戦士も、あのやもり竜と戦ったのか?
そしておそらく、戦いに敗れて食われたのだろう。
つまりその時代から、奴は生きていたということか?
ドワーフ族の王国を荒らしまわっていた最凶の魔物を、俺は倒してしまった?
なんとも気分がいい話だ。
それにこんな綺麗な首飾りを手に入れたわけだし……。
それはずっとヤツの胃袋におさまってたにもかかわらず、まったくと言っていいほど錆びてない。
近づいてもっとよく観察してみた。
その首飾りは、三日月の上にフクロウが乗っている風の飾りが紐で吊り下げられてる。銀製でフクロウの目の部分に青いエメラルドが嵌め込まれている。
地球ではフクロウは知恵の証とされる。そして三日月は冷静沈着、思慮深いという意味合いがある。
おそらくこっちの世界でもそうだろう。
この首飾りは知恵と思慮深さを象徴してるのか?
知恵と思慮深さ……つまりなんらかの魔法が込められているのかもしれない。
それに奇妙な紋様が彫り込まれている……いや、これはルーン文字だ!
そういえばミュウルニクスがいっていた。
創造神が生み出した負の遺産。
──すなわち邪神や悪魔といった者を追い払うため、ドワーフ族は様々な武器や防具をつくった。
それらにルーン文字を刻むことによって、魔力を付与させる鍛冶技術をもっていた。
そういった武器は通常の剣では傷さえ負わすことができない相手――たとえば幽霊だとかアンデッドだとか実体のないデーモンだとかを屠ることができたという。
また付与された魔力により、刀身に焔が宿ったり、雷をまとうこともできたらしいが……。
ならばこのアイテムにどんな効果があるのだろう?
ドワーフ族の鍛冶師がつくったのなら、かなりの高値になるが。
残念ながら、俺たちでは鑑定できない。
屋敷にもどって鑑定士を呼ぶ必要があるな。
ゲームでもそうだが、効果不明の装備品を身に着けると、ステータスにマイナス補正がかかったりする。
もしも呪いが込められていたら、二度と外せなくなる……かもしれない。
だから、効果のわからない装備品をやすやすと身に着けるわけにはいかない。
「フューリーちゃん、これは貴方の戦利品です。でもなくさないようにあなたの鞄の中に入れておきますね」
とマリアが回収してくれた。
よし。今度の冒険は調子が良い。
以前は倒せなかった敵を討てるようになった。マリアが一緒にいてくれるのも頼もしい。
今度こそ、このダンジョンを最下層まで突っ走ろう。
最下層にどんな秘密が隠されているのか、この目で見てやろう。
ふと視界の端で何かが動いた。
本棚の陰から小さなものが飛び出して、マリアに向かって突進していく。
その手には短剣がきつく握りしめられていた!
「父上の仇だぁ! 死ねぇ、エドワードォォ!」
とっさのことでマリアが反応できない!
このままでは彼女が刺されてしまう。どうすればいい?
いまから駆け寄っても間に合わない。
しかたない。アレをやるか。
俺は轟く雷鳴のような光をイメージした。
体の中を雷が迸るような強烈な感覚。
やがて手足に電流のようなものがピリッと走る。
だがまだ弱い。意識を集中させて……もっと強い光をイメージするんだ。
それは神経の中を電流が走るような高揚感になった。
電流が額の光石に集まっていき、ここでいっきに放射する!
それは雷のような力強い閃光だった。30秒か40秒ほど、周囲の本棚の森を照らす。
「うわ……!」
突然の閃光。視力を奪われてバランスを崩したらしく、小さな影が前のめりに倒れる。
やったか?
よく見るとそれは、貧相な服の上から革の防具を着けただけの、幼い少年だった。
それにしても、まるで猛獣のような野性味あふれる顔だ。
おそらく農民の子供だろう。
それがなぜこんな場所に?
いや、それよりも……!
彼は立ち上がろうとしている。
体勢を立て直せば、また襲ってくるだろう。
ただでさえ、噛みつかんばかりに吠えまくっているのに……。
また暴れられる前に拘束しなくては!
それをマリアに伝えた。持っていた縄で両手を縛る。
「ヴェルナス……! いま助けに行くわ……!」
なに?
うかつだった!
闖入者がもうひとり居たとは……。
俺とマリアは構えたが、本棚の陰から現れたその小さな人影は、まっすぐに少年のもとに駆け寄った。
それは女の子だった。おそらくこの少年と同じくらいの年頃の……!