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「お前らに用はない。マクベインを追っている。奴を見なかったか?」



 エドワードは顔を出すことなく、帆の中から言い捨てた。

 それを聞いて農民たちがほっと息を漏らす。


 俺はそれを見逃さなかった。


 彼らは子供をさらいに来たわけじゃないと知って、少しだけ安堵した。

 彼らの反応は当然だろう。


 《《だが俺が見ていたのはそれじゃない》》。


 あきらかに老人は何かを隠している……。

 その目は、孫の心配をしていたのではなく、むしろ本心を悟られなかったことに対して、気を緩めたような……。


 なにが思惑を隠している?

 俺はひそかに馬車の上から、ボロ屋のなかをのぞいた。

 誰かの人影を見た。

 鎧で武装した……何者かの影が見えた……。

 見間違えじゃない。


 もしかして、彼らがビクビクしていたのは、子供を攫われることに対する恐怖ではなくて……。

 支配者に対する反乱の準備をしていたからではないか?




「そ、それでしたら、先日、彼の馬車がこの先の谷を通りました。王都に向かっている様子でしたが……」


「彼奴め。カーバンクルを《血濡れ王(ブラッディカアル)》に献上して、自分の手柄にするつもりだな……」



 とエドワードが愚痴を漏らす。

 俺はマリアとエドワードの会話に聞き耳をたてた。



「一足遅かったようですね。あと数日は港町に滞在していると思っていたんですが……」


「王都までは遠すぎる……ろくに準備をしてこなかったから、この馬車で王都に行くのは無理だ……しかたないか。すぐに使いの者を送らせよう。なんとしても彼奴を捕まえるんだ」


「誰を向かわせますか?」


「そうだな。領民の中から乗馬のうまい奴を手配しよう」



 ここでも《血濡れ王(ブラッディカアル)》の名が出てきた。

 ケイン王国の若き支配者。まだ正式には王になってないが、自らを国王と名乗っているらしい。



 それと、もうひとつ俺の目を奪う光景があった。


 それは荒廃した畑だ。土は赤黒くてドロドロしている。

 以前にも見たが、火山灰が溜まってできた土壌だろう。

 焼き畑農業で改善をはかった形跡はあるが、そもそもこの土壌では焼け石に水だ。


 火山灰は栄養に乏しく、重金属などの有害な元素を含んでいるケースがある。

 さらに地すべりや液状化を誘発しやすいので、人が棲む住居にも危険がおよぶ。

 実は島国の日本でも、このように火山灰の積もった地域は多い。

 だが日本は長い歴史のなかで農地改革をおこない、少しずつ土壌改善してきた。

 この島も、日本と同様の農地改革をすれば、やがて土壌が回復するだろう。


 残念ながら、その知識を持っているのは獣の俺だけ……。


 そのとき、ふと長老が俺を見た。



「おお、その獣の仔は……レオンハルト様と一緒にダンジョンの奥深くまで潜ったというあのカーバンクルですか……。重傷を負い昏睡状態だと聞いてましたが、ご無事でなによりですじゃ。そして領主様も魔法の研究が進んでおられると聞いて、私共も皆で盛大にお祝いしていたところなんです……しかし本当に残念でなりません。私ら農民にも優しくしてくれた人望の厚いレオンハルト様が、あのような事件を起こすなんて……」


「おい長老、逆賊の名を気安く語るな。おまえも処罰するぞ」


「も、申し訳ありません、領主様!」



 レオンハルト?

 はじめて聞く名前だ。ちょっと興味が湧いたのでマリアに訊いてみる。



「クラウス王に仕えていた下級騎士でした。また領主様の魔法の研究のため、その身を危険にさらして、図書館ダンジョンの探索をしておりました。いま領主様の魔法の研究が進んでおられるのも彼のおかげですよ……でも、カアル王に代わってから、土地と財産を没収されてしまい、さらに免罪で死刑宣告されました。……それから彼は逃亡して行方知れず。それが最近になって、義勇軍のリーダーになっているという情報を得ました。……それで己の復讐のため、カアル王や領主様に反旗を翻しているのです……」



 なんというか胸の悪くなる話だなぁ。

 この世界のロビンフッドか?

 どちらかというと悪徳貴族モブキャラのエドワードより、彼の方がよほど主役らしいというか。

 本来なら俺もレオンハルトのペットになって活躍したほうが、英雄譚として映えるんだろうけどなぁ……。

 でも森の暮らしだと虫がいっぱい居るし、生活のために狩りをしなきゃいけないし、不便だよなぁ。

 それなら悪徳貴族と一緒に豪華な屋敷で、贅沢に暮らしている方が俺的にはマシというか……。


 もっともエドワードが処刑されないよう、こちらもいろいろと手を回さないといけないが。



 だがそれよりも彼らの話を聞いて……。

 俺は全身が総毛だった。

 俺の過去の秘密があきらかになってくる。


 そうか。

 俺の体は、このカーバンクルは、あの図書館ダンジョンを誰よりも奥深くまで制覇していたんだ。

 だとしたら、俺はあの地下迷宮ダンジョンの底でいったい何を見たんだろう……。

 それが分かるのはレオンハルトだけか。


 エドワードとカアル王に反旗をひるがえす義勇軍のリーダー。

 会うのは非常に難しい。それにもし会えたとしても、俺の身に危険がおよぶ。


 それでも彼はヴィオニック図書館の秘密を知っているはず。


 それに俺のことをよく知っている彼なら、俺の話を信じてくれる。

 クロスカイン領の農地改革には、まず農民の説得が必要になる。

 それはエドワードよりも、農民から厚く信頼されているレオンハルトの方が都合が良い。


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