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クロスカイン領が発展しているのは港町だけ。
そこを離れると僻地だ。
なんとなく覚悟はしていたが、みごとに何もない。
日本でいうところの開発に失敗した地方みたいな所だ。
御者台から見渡せば、周りは鬱蒼としげる森。森を叩き割ったように、険しい渓谷がつづく。
そこら中に大きな岩があって、洞窟も見える。
なるほど。《義勇軍》が隠れるには絶好の場所だ……。
マリアがいうには、このあたりは《スネークウッドの森》と呼ばれている。
その名のとおり、毒蛇がうようよいる森らしい。
昨夜も屋敷の外を死骨狼という魔物がうろついていた。
骨というだけで、能力は普通の狼と変わらないが、あれだって危険な存在だ。
港町には番兵がいたから、魔物に脅かされることはないだろう。
しかし貧乏であるゆえ、郊外で暮らさなくてはいけない者たちは?
とてもじゃないが、こんな場所で安全な暮らしなんてできない。
やがて馬車は森のなかの村に辿り着いた。
日本の限界集落をおもわせる小さな村だ。
苔の生えた掘っ立て小屋が、数軒建ち並んでいる。
その裏側には痩せた作物ばかりの、ひどく荒れた畑が続いている。
この村を囲っているのは、細い木の柵だけ。
こんなものでは魔物や猛獣を追い払うことはできない……。
金がないために、こんな僻地で危険な生活をしなきゃならないのか?
一部の領民たちは税金が払えず、安全な港町から出て行ったというが……。
「おおぅ! ……これは、これは、我が親愛なる領主エドワード・クロスカイン様。エマジア島の五大賢政貴族と謳われるあなた様が、かような僻地に何用でございましょう?」
とりわけ大きなボロ屋から、ひとりの老人が慌てて飛び出して来た。
服も泥で汚れており、新しいものを買うお金も無いのだろう。
彼はおそらく……この村の長老だ……。
長老なんてRPGの中にしかいない存在だと思っていた。
マリアがいうには、この世界の長老というのは、いわゆる人質らしい。
村人が何かをしでかしたら罰を受ける。税金の払えない者がいたら、代わりに払う。
つまりは責任者というより、連帯保証人みたいな存在だ。
これはまったくひどい話である。
その背後には、老人の娘と思しき泥だらけの女性がいて、痩せた子供を強く抱きしめている。
村人たちがすぐに招集され、エドワードの前にひざまずいた。
でもそれは忠誠心というよりも……。
子供を抱いている女性も、その夫らしい男性も、その子供も、ほかの村人も、みな体がビクビクと震えている。
あきらかに馬車に恐怖を感じている。
いや正確には、馬車の中に乗っている人物に対して恐怖している。
つまりは領主エドワードに対してだ。
俺はふと嫌なことを思い出した。
エドワードはカアル王に気に入られるために、領民の子供を無理やり連れて行って労働奴隷にしたと言うが……。
しかもそれに反対した者は、カアル王の兵士たちがやってきて、ひどく暴行したらしい。
ただでさえ重税で搾取されているのに、大切な子供まで奪われる。
領民にとっては地獄のような生活だ。