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 エドワードの驚く姿をみて、俺はなんとも言えない《《ばつの悪さ》》を感じていた。


 俺は普通の獣とはちがう。

 それはつまり前世で人間だった頃の記憶があるからだ。

 俺には地球で生まれて死ぬまでの長い人生で得た経験と知識がある。


 だからこの世界の子供にはあり得ないほどの膨大な知識量をもっているのだ。


 確かに聖獣カーバンクルというものは知能こそ低いが、幻の希少動物だ。他と違う羨望の目で見られるだろう。きっとエドワードはカーバンクルが特別な獣だと思い込んだはず。


 だからこそばつの悪い。

 まるでカンニングペーパーを見て試験を受けてるようだ。

 エドワードを騙しているというか、ズルをしているようなとてもいやな気分になる。


 でもしかたないかなぁ。

 この世界において《才能(スキル)》と《能力(ステータス)》が天性の素質というなら、《前世の記憶》もまた生まれ持った本人の素質だ。



「マ、マリアいるか? こ、こここ、こいつマジで凄いぞ。ほんとうに伝説の《守護聖獣》かもしれないんだ……!」



 エドワードはその体躯によって、扉をぶち壊す勢いで、廊下に飛び出した。

 その尋常じゃない慌てぶりに、メイドのマリアがさっと駆けつけた。


 前世ではあまり他人と関わったことがない。だから彼をこんなにも驚かせたことに、居心地の悪さというか恥ずかしさを感じていた。

 知識をひけらかしてしまったことに対するイヤミというか、きまりの悪さというか。

 そんなつもりはまったくなかったのだが……。



「領主様、どうなさいましたか?」


「そ、そそそれが、こいつマジで凄いんだよ」



 エドワードが先ほどの出来事を興奮気味に語っている。もう興奮しすぎて、ろれつが回っていない。

 マリアに水を一杯差し出され、彼はようやく落ち着いた。


 それこそただののカーバンクルの子供だと思っていたら、人間の言葉をしっかり理解できる。適応力に優れ、即座に新しい言葉を学習して使いこなす。

 その言語理解能力は並み以上だと。

 それだけじゃない。


 鋭い洞察力を兼ね備えており、名門校|《霜竜学院》の学者らが議論するような非常に難解な問題を一瞬で答えた。

 その《優れた読解力》、《本質を見極める洞察力》は王国の宮廷魔術師や占星賢者たちに並ぶほどだと力説する。

 初日からダンジョンを余裕で攻略していたことから、非常に優秀な才能をもっていると、まくしたてる。

 エドワードは興奮して一方的に語っており、それをマリアがおっとりした様子で聞いていた。



「……というわけなんだ。今からいろいろ仕込んで、もっと力を付けさせようとおもう。そうすれば将来なにかの役に立つだろう。正直に言ってカーバンクルなどダンジョンの照明係としか思ってなかったが、こいつはとんだ掘り出し物だ。他のカーバンクルだってこいつと同じくらい良い素質を持っていたかもしれないのに、惜しい事をしたなぁ……」


「でも他のカーバンクル達は、領主様が無能だと嘆いて、あの例の奴隷商人に売りつけてしまったではありませんか?」



 えっ……?

 やはり他にもカーバンクルがいたのか。


 思い出した。

 たしかミュウルニクスも同じようなことを言っていた!

 他のカーバンクルは連れ去られてしまい、病弱な俺だけがここに残ったと……。

 仲間のことが妙に気になるなぁ。

 どんな経緯があったかは知らないが……だとすれば……他のカーバンクルも見つけださないと……!



「奴隷商人……ああ、うむ……あのマクベイン・ゴーメスとかいう、ごうまんな守銭奴のことか?」


「はい。希少なカーバンクルたちを、よりにもよってあんな下劣な商人に売ってしまうなんて、いささか短絡的な思考だったと、領主様も申していたではありませんか」



 なるほど。

 他のカーバンクルはマクベインとかいう商人に二束三文で売り払われたか。

 それにしてもエドワードは短気すぎないか?

 いくらなんでも高値で取引されている希少動物をそう安々と手放したりするか?

 まったくとんでもないことをしてくれる……。



「あいつらが死神ヘグファルトの貴重な書物をいたずらで破ったりしなければ、そんなことしなかったのに。私もどうかしていたよ……」



 死神ヘグファルト?

 死神……?

 ふと地下迷宮ダンジョンのなかの画廊を思い出した。

 この世界の《守護神(ガーディアン)》を信仰する場所。

 そのなかに大きな鎌を持つ死神のような《守護神(ガーディアン)》の絵画があったが。

 では……あれは……。

 あの《守護神(ガーディアン)》は死神ヘグファルトというのか……。

 あれはなんというか、とてもまがまがしい絵画だった。

 背後に人や獣の骸骨を従えさせていた……。


 骸骨?

 偶然か?

 そういえば、この屋敷を包囲して、俺たちを監視しているあの《死骨狼(アンデッドウルフ)》も骸骨の化け物だ。

 この世界においてスケルトンというものは術者があやつる傀儡だ。


 強力なスケルトンをあれほどたくさん使役してるということは、よほど屍霊術ネクロマンシーに長けた奴がいる……。

 むろん人間では、あれほどの屍霊術ネクロマンシーの魔力をもつ者はいない。


 でも死神ヘグファルトなら……。

 いや。

 そんなはずはない。

 だって死神ヘグファルトは《守護神(ガーディアン)》の1柱。

 それが人を呪ったり、アンデッドを操って俺たちを監視するわけがない。


 でももしかしたら……。


 いや。

 やめよう。

 俺はかぶりを振った。

 なんの根拠もない考えだ。

 俺は深いため息をはいた。

 エドワードとマリアはまだ話し合っている。



「いや待てよ。マクベインは塩の貿易で港町に留まっているはずだ。奴を捕まえて残りの奴らを買い戻すぞ」


「はい。では馬車のご用意をいたします」



 なんだって?

 いまから港町に行くのか?


 ついに俺はこの図書館を飛び出して、外の世界に触れるチャンスを得た。

 これは絶対について行くしかない。

 でないと俺は今日も屋敷とダンジョンを往復するだけで終わってしまう。

 それではだめだ。

 他のカーバンクルがどこに行ったか気になるし……。

 それに死神ヘグファルトについて何か分かるかもしれない。

 だからこそ絶対について行くぞ。


 それは同時に、この領地の《悲惨な現実》を目にすることになるだろう……。


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