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ほんとうに俺は何も知らないんだなぁ。
でもマリアならきっとミュウルニクスのことを知っている。
そしてあのヴィオニック禁書図書館の秘密を。
古今東西の魔術師たちが使っていた書物を集めた場所。
なぜクロスカイン領に、そんな施設があるのか?
あの地下迷宮の最深部には何が隠されている?
謎はそれだけじゃない。たくさん出てくる。
だがそれ以上に、根本的な問題を抱えている。
領内は魔物が蔓延り、土地は荒廃している……。
荒れ果てて農業には適していない。
それだけじゃない。街道が舗装されてなければ、交易が先細る。
交易が発展しなければ、商業も工業も発展しない。
まずは肥料の開発と土壌改善。それに魔物を討伐して馬車道の舗装と、商隊の安全確保。
根本的な領地改革が必要なのだ。
それなのに領主エドワードは内政をおろそかにしている。
このままでは最悪のシナリオが始まる。
おそらく遠くない未来に、エドワードは領民らによって処刑か追放されてしまうのではないか。
そうならないように、いま行動を起こさないといけない。
だから俺はマリアと話したい。
俺がただの獣ではないことを証明したい。
そしていずれは領地経営の手助けをしたい。
前世の記憶があって、人間と同じように考えたり感じたりできることを教えたい。
気付いてくれるまで、何度でも試してみよう!
《こんにちわ》。
俺はもういちどコインを動かして文字をなぞった。
俺は意思疎通が図れるんだ。
頼む、気づいてくれ……!
「うふふふ。さすが世界一賢いカーバンクルです。きっと領主様から芸を教わったんですね」
そう言ってマリアが俺の背中を撫でる。
え?
それだけ?
慣れてしまったのかマリアの反応が薄くなってる?
駄目だ。これじゃ本当にただのペットじゃないか。
「くぎゅううううううううう!」
ムキー!
何度も試したが気づいてもらえない。
マリアは俺が言葉を覚えて凄いと感心している。でもそこから先に進まない。
彼女に気づいてもらうという俺の計画が脆くも崩れ落ちた。
最初は成功したと思ったのに……どうしてこうなった……。
やはりもっと文字を覚えないとダメなのか。俺は心の中で泣いた。
「くぎゅう……んぎゅ、くぎゅう……」
「領主様が今日も地下迷宮に潜って、魔力を鍛えるように仰ってました。さあ、図書館に向かいましょう」
図書館でダンジョン探索するのは俺の日課なんだね?
ダンジョン探索して魔素を取り入れ、能力を研ぎ澄ましていく。
そうやって《照明魔法》のレベルを上げて、さらにダンジョンの下層に潜っていくサイクル。
地下迷宮の最下層に眠っている秘宝を持ち帰るまで。
そして、たぶんそれは俺がおもっている以上に長い道のりになるだろう。
成果を焦って、無理をしたら命が危ない。
少しずつ成長しながら進むしかない。
「……えっと、その前に領主様に会いに行きますか」
うーん。
ほんとうなら、すぐにでも図書館に行きたいんだけど。
でもまあ、あれでエドワードを驚かせるのも悪くない。
どんな反応するかな?
きっと驚いて昏倒しちゃうぞ。
なんか面白そうだ。
俺は尻尾をフリフリしながら、エドワードの書斎に向かった。