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そうだ。
俺はある羊皮紙を取り出した。
その表面には、ずらっと文字が並んでいる。
それはまるで日本語の五十音図を連想させる。
俺はその上にコインを置いた。
これは獣の俺と人間が意思疎通するための、最高の魔法道具なのだ。
俺が勝手に《こっくりさん》と呼んでいる、単純だが洗練させたシステム。
当然だが、これは使用してもHPやMPを消費したりしない。
この長い口吻では人間の言葉をしゃべることができない。
狐のような前足では、文字を書くことができない。
ならばどうやって意志疎通を図れば良いか?
その答えがこれなのだ。
文字から文字にコインを動かして、ひとつの単語をつくる。
たとえば《こんにちわ》とか《ありがとう》とか。
いまはまだ単純な挨拶しかおぼえてないが。
また図書館に行ったら、ミュウルニクスから文字を学ばないと……。
というわけで俺は前足をコインに乗せて動かした。
《こんにちわ》。
「えっ!!」
当然ながらマリアはすごく驚いた。
獣の俺が紙とコインを使って《こんにちわ》と挨拶してきたのだから。
その驚きようといったらいかほどだ。
あまりの驚きに、マリアは倒れて気を失ってしまった。
持っていたホットミルクの銀皿が盛大に落ちる。
俺があたふたしてると、数秒してからマリアが起き上がった。
「あ、ご、ごめんなさい。怪我はありませんでしたか?」
俺は小首をかしげた。
せっかくだから、もういちど挨拶してみる!
コインを動かして単語をつくった。
《こんにちわ》。
「あっ!!」
またしても倒れて気を失ってしまった。
それから数秒がたち、やっとマリアが頭をさすりながら起き上がった。
「すみません。あなたがあまりにも天才すぎて驚いてしまいました……。たしかにフューリーちゃんは賢くて優秀なカーバンクルですけど、まさか人間の言葉まで覚えて意志疎通するなんて……。そんなこと、さすがにできるわけありませんよね……」
そりゃまあ、ペットが紙で挨拶してきたら驚くよなぁ。
マリアがこぼれたミルクと銀製の皿を掃除する。それからまたキッチンにもどって新しいホットミルクを持ってきてくれた。
濃厚で甘くておいしい。これはこの世界の牛乳だろうか。それともヤギの乳かな。
……となるとエドワードの領地では酪農が発展してる?
いろいろと興味深い。
なんとかマリアに頼んで領地を見て回りたいのだが。
悔やまれるのは、俺がまだ挨拶の言葉しか習ってないことだ。
もっとミュウルニクスから言葉や文字を教わっていれば、彼女を説得して領地を見学できるのに。
でもそういうマリアもなにかと謎が多いんだよなぁ。
それによく考えてみると、ミュウルニクスについて俺はほとんど知らない。
本名はミュウルニクス・ベオリール・サテュロス。
狼魔貴族サテュロス家の令嬢らしいが、そのうえ《漆黒夜の魔女》とよばれるいにしえの魔術師。
見たかんじ、この島にはほかに獣人はいないので、彼女はいにしえの時代から生きていることになる。
外見は少女だが、すでに100年以上生きているのか。
それがなぜヴィオニック禁呪図書館のなかに囚われている?
ほんとうに信用してもよいのか?