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翌朝。
俺は陽だまりの中であくびした。
伯爵様、俺のゴハンまだ?
39歳にもなって引き篭もりニートの俺は心臓発作により倒れ、次に目を覚ましたら聖獣カーバンクルの子供になっていた。
転生といえばいいのか。あるいは前世の記憶がある、というべきか。
一晩が過ぎて、じっくり考えてみた。やはりこれは夢じゃない。
くるまっていた毛布をはね退け、部屋の中を駆け回る。
その片隅に薄汚れた鏡があった。
やっぱり俺はこのままか……。
鏡にうつる姿はまるで狐のようだ。
額にはきらきらと光る赤い石が乗っている。
金色の毛並みが美しいキタキツネのような生物が鏡にうつっている。
それが、この世界での俺の姿である。
異世界に転生したら、獣の子供になっている。そして初めから強力なユニークスキル《照明魔法》を使える。
さらに悪徳貴族のペットであり、昨日はダンジョンを探索した。
既視感というかデジャヴというか。
いかにもアニメでありそうな展開だなぁ……。
そして俺の飼い主ことエドワード・クロスカインだが。
辺境伯爵の長男として生まれ、父の死後、領主になって現代に至る。
外見は太り過ぎ。
ペットの俺にも自慢したり、見下したり、かなり嫌われ者の性格だ。
さらに《服従魔法》の研究に傾倒しており、あきらかに領地経営をサボっている。
重税を課したり、その税金で俺を飼ったりしてるんだ……。
領民からヘイトを集めているのは間違いないだろう。
いまのところ農民の反乱はないが、彼らがいつ爆発するか分からない……。
というかエドワードがモブキャラすぎて、いつか処刑されそうだなぁ……。
ペットの俺が心配することではないが、農民の反乱でエドワードが追放されたらどうなる?
俺は捨てられて野良カーバンクルになってしまう。
屋敷で贅沢な暮らしをしてきた俺が、きびしい野生の世界で生きられるか?
俺は目を細めてブルブル震えた。
冗談じゃない!
だが心配なのはそれだけじゃなかった。
領内の農地は荒廃しており作物が収穫できるとは思えない。
魔物だって徘徊してるし……。
昨日の夜、死骨狼と遭遇した。
このように危険な魔物が徘徊していれば物資の流通が危ぶまれる。
でもあいつらの目的はなんだ?
例えば人間を食べるとか、そんな残酷な目的があるなら、なぜ屋敷の中に侵入してこない?
エドワードが魔物に襲われているのを見たことがない。
マリアだって襲われてない。
つまり、あの魔物たちは人間を襲うのが目的ではない。
そういえば死骨狼はずっと屋敷の中を覗いていた。
いったい何を見ていた?
エドワードを監視してるのか。あるいはマリアか俺か……。
もしかして俺達が屋敷から逃げないように監視してる?
でもどうして?
誰かが命令したから?
その誰かが俺達を監視してるのか?
そうか。
エドワードが服従魔法の研究に傾倒しているのは……。
それって、あいつらを倒す為じゃないだろうか。
これはあくまで俺の推理だが、誰かがエドワードが破滅するように仕向けている……。
そいつを捕らえるには、まず死骨狼どもを倒さないといけない。
その魔物たちに対抗するために服従魔法の研究をしているのでは?
でも果たして《監視している者》はそれを望むか?
エドワードが死ぬか、《監視している者》が死ぬか、いづれかだ。
では監視者は何者だ?
なぜこの領地をもてあそんでいる?
エドワードは嫌な奴だが、ここで死んでほしくない。
どうにか領地を立て直してくれ。
領地といえば。
領内の商業や農業はどれほど発展しているだろう?
港町は廃墟のように見えたが、住人はどこに行った?
この領地の総合経済力はどのくらいか?
そう。
今日こそ領地を見てまわる。
この目で確かめるんだ。
……と部屋の扉がノックされた。
あれこれ考えて、深く沈んでいた意識が引き戻される。
「フュ―リーちゃん、起きてましたか? お腹すいたでしょう? 朝ごはんを持って来ました」
フューリー。
俺の名前だ。エドワードが付けてくれた。
そして彼女はマリアだ。エドワードの従者である。
図書館の魔族【漆黒夜の魔女ミュウルニクス】がいうには、《守護神》に選ばれ、《加護》をさずかっているらしいが……。
つまり彼女は神様に実力を認められたということ。
ならば彼女は認められるほど強いのか。
たしかに庶民とは思えない整った綺麗な容姿、物静かで麗しいしぐさをする。それに貴族のようなしなやかな歩き方もする。
彼女は高貴な生まれで間違いないと思うが。
噂では御家が没落して、身分を落とし奴隷になったらしい。
それをエドワードが救ったという話だ……。
そんな彼女がなぜエドワードを慕っているのか、それは分からない。
まあふたりとも少し前まで、《西の湖の霜竜学院》という魔法学校の同期生だったらしい。
そこでいろいろあったんだろう、とミュウルニクスがいっていた。
卒業してこの場所に戻ってきたらしいが。
いいなぁ。俺も学校行ってみたいなぁ。
「くぎゅう……んきゅう……」
俺が鳴くと、マリアが扉を開けて入って来た。
青い髪のボブヘアーで、黒いメイド服を着た可憐な女の子。
雪のように白い肌。静かで無表情だが、聡明で気高い眼差し。
しかも剣の腕も強い。
あ、そうだ!
昨晩、ミュウルニクスから人間と獣が意志疎通できる魔法道具も貰ったんだ!
俺がただの獣じゃないと分かれば、もっとマリアと仲良くなれるはずだ。
そうすれば、さらにこの世界での生活が楽しくなる……!