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四は世界を監視する者の数。
四本の糸から紡がれる絨毯は帝国の礎を築き、新たな文明を産む。
三は革命を成す者の数。
三本の糸から紡がれる敷布は過去を覆し、新たな秩序を産む。
二は経営する者の数。
二本の糸から紡がれる刺繍は閃きを呼び、新たな富を産む。
一は聖なる者の数。
一本の糸から紡がれるのは戒め、されどそこから無数の運命を織り成す。
~蜘蛛の神アラクネアの祭壇に祀られている詩編~
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奇妙な倦怠感に襲われた。
体が怠いのは昔からだ。
運動なんかしないでずっと部屋に籠っていたから、体重がみるみる増加して怠さを感じていた。
しかしなんだろうか?
それとは違う怠さだ。
まるで長い旅から帰ってきたように、喜びと興奮に満ちあふれる怠さ。
次元という大きな山をのり越えてきたような、体が悲鳴を上げる怠さだ。
あながち間違いではない。
自分は世界の次元を超えてきたのだ。そしてこの世界に転生した!
これは恩恵だ。
あるいは贖罪なのかもしれない。
前世で惰眠を貪り、惨めに生きてきた俺への罪と罰なのだ。そしてきっと神様が異世界でやり直す機会を与えてくれたのだ。
だから俺はこの世界で立派に生きてみせる。
しかし違和感がある。
俺が獣の子供なら、どこかに母親がいるはずだ。
周りを見るが、親らしい獣はいない。
なぜだ?
母親の獣は死んでしまったのか?
俺は孤児か?
たぶん、そうなのだろう。
この世界に生まれた俺に親はいない。
そこにいるのは人間だけ。
それが答えだ。
母親の代わりに人間がいる。
もしかして彼が俺の飼い主か?
「どうやら目を覚ましたようだな。我が忠実なるしもべ、聖獣カーバンクルよ。喜ぶが良い。お前はこの私エドワード・クロスカインによって病の淵から命を救われた。忠誠を誓う証として、額の光石を明るく照らして見せよ」
その男の声は自信と気品に溢れていた。
……声だけはイケメンだ。
エドワードと名乗るその男は太り過ぎで、顔はまるで豚みたいだ。
さらりと長い金髪を見て、たぶん痩せていればイケメンなんだろうなと思った。
いや、俺だって他人のこと言えないが。
しかし。
それにしてもなあ。昔よくやっていたゲームに登場するモンスターのオークかよと思った。まあ冗談をいうのもこれくらいにしておこう。
彼は高級そうな純白の服をまとっている。
この優雅で煌びやかな服装。商人か貴族か?
どちらにせよ富裕層であることは間違い。
だが貴族にしては気品溢れるカッコ良さがない。
ひとことでいうなら、モブキャラのような悲壮感だ。
俺は白い台の上に乗せられており、背後の壁には燭台が掛けられている。
その光のおかげで、男の顔がよく見える。
だいぶ眉間に皺がよっているな。
モブキャラというか、悪役みたいな顔だ。
周囲の闇に溶け込んでしまいそうなほど地味な男である。
「ん? 聞こえなかったか? 我がしもべよ、聖獣カーバンクルよ。額の光石を明るく照らして見せよ……!」
エドワードが念を押して言う。
自分の言葉が理解されてないと思っているようだ。
この姿では無理もない……。
しかしその言葉には《力》があった。
生まれたての小鹿が何をすべきか理解してるように、俺の体は自然と動いた。
台座の上で、俺は四つ足で立ち、主の前で頭を垂れる。
電撃が体の芯を突き抜ける、なんとも言えない痺れるような感覚だ。
電撃は芯を突き抜けて額に集中した。
わずかに熱を帯び、額にエネルギーが蓄積されていく感覚だ。
うまく言えないが、まさにそんな感じだった。
閉じていた瞼を開ける。
あんなにも暗かった部屋が、真昼のように明るい。
額の石から光線が放射される……!
それはカメラのフラッシュのように一瞬だけ輝いた。
いまのは俺がやったのか?
驚くべきことに、この世界にはRPGのような魔法が存在する。
昔、はまっていたゲームにそっくりだ。
真っ暗なダンジョンに潜ったとき、主人公が魔法を唱えると、光の玉が現れて周囲が明るくなる。視界が広がり、隠されたものが確認できるようになる。まさしくそれだ。
額の石から魔法を放てる?
ゲームに出てきた照明魔法を使うことができる?
では、この世界もゲームのようにHPやSPが存在するのだろうか?
いずれにせよ、なんらかの《力》を消耗して魔法を発動してるのは確かだ。
例えば体力とか寿命を削って……?
そう考えると、むやみに照明魔法を使うのは賢くない。
「ほう。まだ子供だというのに、すばらしい【照明魔法】だ。早くも才能を発揮したな。気に入ったぞ1号」
1号……番号……。
名前さえなく番号で呼ばれているのか?
否――俺には名前がある。
番号なんかじゃなく、ちゃんとした名前が!
そうだ……母親から与えられた名前が……。
だがなぜか……それが思い出せない。あったはずの名前が記憶の中に無い……。
いや、仮に思い出せたとしても……獣の口では、この長い口吻では、その名を発音することができない。
魔術師エドワードは鉄の重そうな扉をこじ開けた。
その先には石の階段が見える。上から光が漏れている。
あれは太陽の光か?
ということは、ここは地下室だったのか?
どうりで床も壁もじめじめしてるわけだ。
さあ、広い異世界に飛び出そう。
期待に胸が高鳴る。