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 四は世界を監視する者の数。

 四本の糸から紡がれる絨毯は帝国の礎を築き、新たな文明を産む。


 三は革命を成す者の数。

 三本の糸から紡がれる敷布は過去を覆し、新たな秩序を産む。


 二は経営する者の数。

 二本の糸から紡がれる刺繍は閃きを呼び、新たな富を産む。


 一は聖なる者の数。

 一本の糸から紡がれるのは戒め、されどそこから無数の運命を織り成す。



 ~蜘蛛の神アラクネアの祭壇に祀られている詩編~



*****


 奇妙な倦怠感けんたいかんに襲われた。

 体がだるいのは昔からだ。

 運動なんかしないでずっと部屋にこもっていたから、体重がみるみる増加して怠さを感じていた。

 しかしなんだろうか?

 それとは違う怠さだ。

 まるで長い旅から帰ってきたように、喜びと興奮に満ちあふれる怠さ。

 次元という大きな山をのり越えてきたような、体が悲鳴を上げる怠さだ。


 あながち間違いではない。

 自分は世界の次元を超えてきたのだ。そしてこの世界に転生した!



 これは恩恵だ。

 あるいは贖罪しょくざいなのかもしれない。


 前世で惰眠だみんむさぼり、惨めに生きてきた俺への罪と罰なのだ。そしてきっと神様が異世界でやり直す機会を与えてくれたのだ。

 だから俺はこの世界で立派に生きてみせる。


 しかし違和感がある。

 俺が獣の子供なら、どこかに母親がいるはずだ。

 周りを見るが、親らしい獣はいない。


 なぜだ?

 母親の獣は死んでしまったのか?

 俺は孤児みなしごか?


 たぶん、そうなのだろう。

 この世界に生まれた俺に親はいない。

 そこにいるのは人間だけ。

 それが答えだ。

 母親の代わりに人間がいる。

 もしかして彼が俺の飼い主か?



「どうやら目を覚ましたようだな。我が忠実なるしもべ、聖獣カーバンクルよ。喜ぶが良い。お前はこの私エドワード・クロスカインによって病の淵から命を救われた。忠誠を誓う証として、額の光石を明るく照らして見せよ」



 その男の声は自信と気品に溢れていた。

 ……声だけはイケメンだ。


 エドワードと名乗るその男は太り過ぎで、顔はまるで豚みたいだ。

 さらりと長い金髪を見て、たぶん痩せていればイケメンなんだろうなと思った。

 いや、俺だって他人ひとのこと言えないが。


 しかし。


 それにしてもなあ。昔よくやっていたゲームに登場するモンスターのオークかよと思った。まあ冗談をいうのもこれくらいにしておこう。


 彼は高級そうな純白の服をまとっている。

 この優雅できらびやかな服装。商人か貴族か?

 どちらにせよ富裕層であることは間違い。


 だが貴族にしては気品溢れるカッコ良さがない。

 ひとことでいうなら、モブキャラのような悲壮感だ。


 俺は白い台の上に乗せられており、背後の壁には燭台しょくだいが掛けられている。

 その光のおかげで、男の顔がよく見える。


 だいぶ眉間に皺がよっているな。

 モブキャラというか、悪役みたいな顔だ。

 周囲の闇に溶け込んでしまいそうなほど地味な男である。



「ん? 聞こえなかったか? 我がしもべよ、聖獣カーバンクルよ。額の光石を明るく照らして見せよ……!」



 エドワードが念を押して言う。

 自分の言葉が理解されてないと思っているようだ。

 この姿では無理もない……。


 しかしその言葉には《力》があった。

 生まれたての小鹿が何をすべきか理解してるように、俺の体は自然と動いた。

 台座の上で、俺は四つ足で立ち、主の前でこうべを垂れる。


 電撃が体の芯を突き抜ける、なんとも言えない痺れるような感覚だ。


 電撃は芯を突き抜けて額に集中した。

 わずかに熱を帯び、額にエネルギーが蓄積されていく感覚だ。

 うまく言えないが、まさにそんな感じだった。


 閉じていたまぶたを開ける。

 あんなにも暗かった部屋が、真昼のように明るい。


 額の石から光線が放射される……!

 それはカメラのフラッシュのように一瞬だけ輝いた。


 いまのは俺がやったのか?


 驚くべきことに、この世界にはRPGのような魔法が存在する。

 昔、はまっていたゲームにそっくりだ。

 真っ暗なダンジョンに潜ったとき、主人公が魔法を唱えると、光の玉が現れて周囲が明るくなる。視界が広がり、隠されたものが確認できるようになる。まさしくそれだ。


 額の石から魔法を放てる?

 ゲームに出てきた照明魔法を使うことができる?

 では、この世界もゲームのようにHP(ヒットポイント)SP(スキルポイント)が存在するのだろうか?


 いずれにせよ、なんらかの《力》を消耗して魔法を発動してるのは確かだ。

 例えば体力とか寿命を削って……?

 そう考えると、むやみに照明魔法を使うのは賢くない。



「ほう。まだ子供だというのに、すばらしい【照明魔法】だ。早くも才能を発揮したな。気に入ったぞ1号」



 1号……番号……。

 名前さえなく番号で呼ばれているのか?


 いな――俺には名前がある。

 番号なんかじゃなく、ちゃんとした名前が!

 そうだ……母親から与えられた名前が……。


 だがなぜか……それが思い出せない。あったはずの名前が記憶の中に無い……。

 いや、仮に思い出せたとしても……獣の口では、この長い口吻こうふんでは、その名を発音することができない。


 魔術師マスターエドワードは鉄の重そうな扉をこじ開けた。

 その先には石の階段が見える。上から光が漏れている。

 あれは太陽の光か?


 ということは、ここは地下室だったのか?

 どうりで床も壁もじめじめしてるわけだ。


 さあ、広い異世界に飛び出そう。

 期待に胸が高鳴る。


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