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はぁ……。
《守護神》の話も、《蜘蛛の神アラクネア》のことも、これ以上は訊けない雰囲気になってしまった。
しかたないのでこの図書館のことを聞いてみた。
彼女曰く、ここの書物はかつて魔術師たちが秘蔵していたものらしい。
魔法によって財を成し、やがて魔法に溺れ、破滅していった者は数知れず。
そして主の手をはなれた書物がここに集められるという。
この図書館では、そうやって今も書物が増え続けている。
エドワードの祖父が領主だった頃に、《西の湖の霜竜学院》が設立された。
はじめは魔法学校ではなく、この図書館の書物を紐解くための場所だったらしい。
王都からも数多くの魔法研究者たちが来賓として招かれ、領内はたいそう賑わっていたというが。
いや待てよ。
王都ということは、この島は君主制か?
国王がいるのか?
いろいろ疑問はわいてくるが、まずは魔法の話だ。
それで分かったことだが、この地は魔術の鍛錬に向いているらしい。
このあたりは太古から魔物が多く存在しており、その骸から穢れた血が大地に染みこんでいる。
ゆえに魔力の根源である魔素も空気中に大量に漂っている。
それに。
この図書館にはもっと濃密な魔素が集まっているそうだ……。
かつて高名な魔術師たちが持っていた秘密の書物。
そういうものは主の魔素を大量に吸っているらしい。
だからこのヴィオニック禁呪図書館は、一番魔素が濃い場所といえるかもしれない。
「そして魔素が濃い場所には、かならず蟲精が湧くの」
蟲精。
緑色の光をはなつ蛍のようなもの。
ミュウルニクスのいうとおりだ。
いつの間にか蛍の群れが現れた。
不思議な風景だった。
廃墟のように暗くて静かな図書館内。月光がうっすらと埃の積もった本棚を照らす。
かろうじてお互いの顔が見える程度の闇のなか。
そこを蛍のような光の群れがきらきらと飛び交う。
まるで《灯篭流し》のようだと思った。
子供のころ、仙台市の《灯篭流し》を見たことがある。
川にそって流れる無数の灯篭が幻想的だった。
いま俺とミュウルニクスの間を蛍の群れが流れていく。
お互いの顔が緑色の光にうっすらと照らされる。
これが蟲精。
その名の通り、虫に似た姿の精霊らしい。純粋な魔素によって体が構成されているので、魔素の濃い場所じゃないと生きられない。
この図書館の地下迷宮は魔素が溜まりやすく、さらに巨大な蟲精も存在するという。
そういえば初めに地下迷宮を探索したとき、大きなダンゴムシや紙魚の怪物を見た。
あれがそうだったのか?
この蛍みたいなのは無害だが、あそこまで大きくなると危険だな。
あのときはいきなり襲われることはなかったが、また潜るなら次は用心しよう。