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「どんな人でも、というわけではない。魔法というのは個人の魔力に影響するの」
筋肉がなければ重い物を持ち上げることはできない。
スタミナがなければ長い距離を走ることはできない。
泳ぎが下手ならダイビングはできない。
つまりそういうことだ。
スポーツジムに通って筋肉を鍛えるのと同じように、魔力も鍛えないと魔法はあつかえない。
「そういう考えもあるわね。でも精霊が使うような《高位魔法》を覚えたいなら、ただ訓練するだけじゃ駄目なの」
さらに強力な魔法を操りたいのなら、それだけじゃだめ?
どういう意味だろう?
ミュウルニクスは椅子に座ると足を組み、もっともらしく咳払いした。
「それは神々に認めてもらうことよ。選ばれたというべきかしら。すると神々の中から1柱を守護神として選ぶことができるの。選ばれた守護神は独自の《加護》を与えてくれるわ」
神の加護。
それはすごい。
でもどうすれば選ばれるんだ?
「神々に認められるかどうかは、あなたの運次第ね。こればかりは運命に身をゆだねるしかない。でも私は神に選ばれ加護を授かっている。そういえばたしかマリアも……」
なんだって?
あのメイドのマリアも神様から《加護》を与えられている?
「おっと余計なことを言ったわね。今のは忘れてちょうだい」
忘れられるかっての!
もっとくわしく教えて欲しいが……でも待てよ。
ということはカーバンクルの俺でも、神様から《加護》をもらえるとか?
神様に選ばれた瞬間てのは肌で分かるのかな?
「うーん。自分が選ばれる時というのは、なんとなく直感で分かる。そのときに、自分の信奉したい神の名を上げ、誓いの言葉を述べる」
ふうん。誓いの言葉か。
そういえば古いファンタジー系児童書で、ある騎士が竜の前に跪き。
『太古より生きる魔竜よ、我に死をも受け付けぬ力を、魔王を倒す力を与えてくれ!』
なんてかっこいいセリフを吐いていたのを思い出した。
そんな感じのことを言うのかな。ちょっと恥ずかしくないか?
ところでミュウルニクスはどんな誓いの言葉を立てたのだろう?
「私か? うふふふ……私はな、反則技して楽しく暮らしたいから《加護》をおくれ、みたいなことを言ったかしら」
なんというか、とんでもなく破天荒なやつだ。
狼魔貴族てみんなこうなのか?
これが漆黒夜の魔女と呼ばれし高位魔族ってやつか?
それにしても彼女は魔族のはずなのに……神様から加護を貰えたんだな……。
本当にミュウルニクスは何者なんだ?
いろいろと謎が残る。
さて。
俺だったらどうしようか……。
この世界の《守護神》ていうのは、俺があの画廊で見た神々のことだろう。
大力の神とか、狩人の神とか、知恵の神とか、鍛冶師の神とか、豊穣の女神とか。
それで誰を選ぼうかなぁ?
そうだ。
光の糸をあやつり、俺をこの世界に転生させてくれた神様……。
もし俺が蜘蛛の神を《守護神》に選んだら、どんな《加護》をくれる──。
「やめて!」
まるでナイフのように鋭い声。ミュウルニクスに睨まれた。
そして、しばらくの沈黙のあとに彼女が静かに言った。
「蜘蛛の神アラクネアは運命をもてあそぶ邪神だ。むやみにその名を語るな! 呪われて運命を狂わされるぞ。私はそういう連中をたくさん見てきた……」
えっ?
そうなの?
だって俺を転生させてくれた神様だし……。
邪神とは思えないけど……。
だがそれ以上この話は禁句になってしまった。
どうやら、俺がこの世界に転生した事には、何か深い理由があるようだ……。
それはまだ何か分からない。
でもいつかそれを解き明かしてやる!