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「おまえはたしか……エドワードが大陸から連れてきたカーバンクルの1匹だな?」
切れ目できつい表情の少女ミュウルニクスが問いかける。
なんというか含みをもたせた言い方だ。
エドワードが大陸から連れてきた?
その中のカーバンクルの1匹だって?
つまり俺の他にも《聖獣カーバンクル》がいる?
この図書館か、クロスカイン邸のどこかに……。
「くぎゅう……ぎゅっ……」
もっと教えて欲しい。
だが彼女は笑うだけ。俺が悩む姿を見て楽しんでいるようだ。嫌な性格だな。
「それは無理ね。私はこの図書館から出られないし、どこに行ったかまでは知らない。でも他の連中は馬車に乗せられ、何処かに連れて行かれたようだ」
連れて行かれた?
他のカーバンクルはエドワードの屋敷にいないのか?
では残っているのは俺だけ。
いや違う。
俺じゃなくて、俺の魂が憑依している《このカーバンクル》か。
厳密にいうと、俺はこの異世界で生まれたわけじゃない。
気がついたら、俺の魂はカーバンクルの子供に宿っていた。
だからこの仔がどこで生まれ、どうしてここに連れて来られたか、それは分からない。
「それにしてもおかしいわね。おまえは地下迷宮の中で、《やもり竜》の毒の爪をくらい、死の病に冒されていたはずだけど……そうか。エドワードに救われたか?」
ミュウルニクスは鈴が鳴るような声で笑った。
俺は彼女の言葉に確信を得て、きらりと瞳を輝かせた。
この少女の言葉の端から、俺の過去の秘密が浮き彫りになってきた。
俺は……じゃなくて俺の魂が宿る《このカーバンクル》は、他のカーバンクルがいなくなった後に、ここに連れて来られた。
きっと他のカーバンクルより少しは優秀だったのかも。
それで探索を許されたが、あの《やもり竜》に襲われて致命傷を負い、ずっと昏睡状態だった……。
次に目覚めた時、俺の魂がやどってた。
それから俺が見てきたとおりだ……。
「きゅう……」
新たな疑問がうまれる。
俺の魂が宿る前、このカーバンクルは迷宮をどのくらい潜った?
もしかしたら最下層まで行ったとか?
……いやそれはないか。いまの俺のレベルでは最下層まで行くのは無理だ。
それに他のカーバンクルがどこに連れて行かれたかも気になる。
「ところで、おまえは《聖獣カーバンクル》のことをどのくらい知っている?」
自分のことをどのくらい知ってるかって?
変な質問だなぁ。
たしか外見は狐に似た獣だ。額にはきらきらと光沢のある石が乗っている。
その光石から《照明魔法》を発動できる。
そういえば大陸から取り寄せたと言っていたが。
では、この島にはいない希少動物か。
きっと貴族達の間で高値で取り引されているんだろう。
そこでまた疑惑が浮かぶ。
なんだろう?
この妙な違和感はなんだ?
この少女はほんとうにカーバンクルに語りかけているのか?
ただの獣に話しかけるなんて、よほど物好きなんだな……それとも……。
だが彼女の言葉は俺の疑問の核心を突いてくる。
それはまるで俺の魂に直接話しかけているような。
まさか俺の心を読んでいるのか?
やはり魔族ならそれくらい簡単なことか?
なんだか嫌な予感がする。なぜ彼女は俺なんかにかまう?
まさか俺をだまして食うつもりでは……。
ミュウルニクスが軽く咳払いした。
「別に取って食いはしないわ。狼魔貴族サテュロス家の者は、この《狼の耳》で特殊な音を聞くことができるの。そう、たとえるなら心の声というべきね」
「くぎゅう……」
なんか自慢してる?
「それに私は《魂の鼓動》を聞くこともできる。おまえの鼓動も。見かけはカーバンクルだが、魂は違う。鼓動がカーバンクルのそれとはぜんぜん違う。この世界のどこにもない音だわ。もしかしておまえは《転生者》か?」
全身が総毛立つ。
なんというか、ミュウルニクスは本当に上位の魔族なのかもしれない。
心を読む事と、魂の鼓動を聞く事の違いは分からないが、ある種の念話能力を持っているようだ。
「まあ心配するな。おまえのことは、エドワードには黙っておくわ。それに、先ほどおまえは外で死骨狼と戦っていたな? 照明魔法を利用して撃退するとは、ほんとうに賢いカーバンクルね。その英知には驚かされる。……ところで、おまえは魔法について、どのくらい知ってる?」
魔法か?
そういわれてみると全く知らない。
「知らないなら、私が教えてあげてもいいわ。お前は知識を吸収すれば、もっと強くなれるはずだから」
なぜだ?
なぜ俺なんかのためにそこまで?
ミュウルニクスは軽く咳払いすると、ピシッと人差し指を俺に向けた。
その指が勢いあまって俺の鼻の穴に入った。
なんていうか近すぎるんだよ。
かなり気まずい構図となった。