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それにしても酷いありさまだ。
酷いってもんじゃない。
この足に絡みつくような泥だって最悪だ。
柔らかく粘っこい真っ黒な土――もしかしてこれは火山灰か?
火山灰が水を含み、ヘドロ状になって地面に堆積している?
これはまずい。
こんな土では作物がまともに育つわけない。
あの禿山も、野原の痩せ細った木々も、この火山灰が原因ではないか?
とにかく、すぐにでも土壌改善を実践しなくては。
さもないと農業が衰退して財政を圧迫する。そしてどんどん領地は疲労していく。
クロスカイン領はすでに荒れ果てており、遠からず破滅を迎えるだろう。
なのに当の領主は、魔法の研究に没頭しており、この事実から目を背けている。
誰かが政策を改めて領地を復興させなければ。
ペットの俺がそんなこと心配する必要はないのかもしれないが……。
だがこれを見てしまったら、とても平常心ではいられない。
御伽噺に出てくるような緑あふれるファンタジーな異世界。
領主も領民も笑顔で優しくて、素朴だが充実した生活を送っている。
俺は心のどこかでそんな夢のような世界を思い描いていた。
異世界ならそんな夢のような生活ができると思い込んでいた。
でも違う。
このままでは農民が暴動をおこして、エドワードは処刑されてしまうかもしれない。
そしたらマリアはどうなる?
これは俺の予想だが、マリアはエドワードのことをとてもよく慕っている。
なにかの冗談に聞こえるが、エドワードとマリアは強い絆で結ばれている。
それはつまりエドワードが服従魔法をつかってマリアを縛りつけているからじゃない。
魔法ではなく、互いに心で通じているからだ。
そう断言できる。
マリアの歩き方、挨拶の仕方、礼儀の作法、どれもとってもただの使用人ではない。
おそらくマリアは高貴な家の生まれだろう。
でも、なんらかの理由で没落して、奴隷にされてしまったのではないか……?
そして、エドワードが胸を痛めて、彼女を引き取ったのではないだろうか?
これはあくまで俺の憶測だ。
はたして、彼らの過去にどんなロマンスがあったか知る由もない。
だが俺の目にはそんなふうに映った。
だから、エドワードが処刑されたらマリアはどうなる。
悲しみに暮れるか?
そして俺はどうなる……?
捨てられて野良カーバンクルになってしまうのか!
ゴミや残飯を漁って生きていく?
飢えて痩せ細って病気になって……そんなの絶対に嫌だ!
そうだ。誰かがしっかり領地を経営しないと……!
だがエドワードは研究に没頭しており、明らかにこの現実から目を背けている。
そもそも彼は本当に領地経営に取り組んでいるのか?
他に頼れるものは?
あるいは俺が……!
そう。もしも俺がこの領地を救えるなら……。