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会議は踊れない

2019年時点の世界情勢を反映して書かれています。

80年代にソ連が崩壊するなんて考えてなかったら直後に崩壊して呆然とした作家の気持ちがよくわかる…

 「Ураааааааа(ウラー)!!!!」


 年齢不詳の美女がウォッカの瓶を片手に掲げて勝利の雄叫びを上げた。

 部屋には酒の臭いが充満しており男たちが床に転がっている。

 どうしてこうなったのか、話は数時間前に遡る


 *****


「おい、どうすんだよアレ」


 角ばった顎で目つきの悪い男がうなるように声を上げた。


「アレってどっちだ?」


 やたらと存在感のある眉毛の男が投げやりに尋ねた。


 この柄の悪い連中、けっして組織的自由業(マフィア)の幹部などではない。立派な某国の大臣(共産党幹部)である。

 角ばった顎の男が内務相、眉毛の男が情報相である。

 繰り返す、けっして組織的自由業(マフィア)ではない。

 一般市民を食い物にしてんじゃねえかとか言ってはいけないのである。


「はあ?頭の上に載ってるクソ(だいとうりょう)に決まってんだろ!」

頭の上のクソ(だいとうりょう)が吐いた臭い(こくめい)が今問題になってんだろ!」


 このおっさん二人仲が悪い。

 というか内務省と情報省が伝統的に仲が悪い。

 お互い仕事がかぶってる上に外国の観光客(スパイ)なんぞロシアの新人研修しかいないし、国民の取り締まりも数字だけ合わせておけばどうにかなる。つまり暇なのだ。

 そして別に仕事したいわけじゃないけど他人に仕事をとられると何となく腹が立つ。

 そんなどうでもいいことも代々続くと伝統になるのだ。

 本当にどうでもいいことだが。


「掲示板の監視って言って顔文字集めてるくせに!」

「ネズミ捕りって言って交通違反で検挙数稼いでるくせに!」


 いい年した地位も責任もあるはずのおっさんの趣味が巨大AAの作成とかドライブレコーダー動画の鑑賞とかいうことはきっとないはずである。たぶん。


「君たち何やってんの!これから教科書作る身にもなってよね!」


 キンキン声で叫んだチビで筆髭の男は文部相。

 例のあの人を意識したのかもしれないが小さくて丸い目と丸い顔のせいでお菓子のパッケージに描かれたデフォルメされたおっさんにしか見えないのは気のせいである。


「まだ今年の教科書作ってないから『とりあえずできちゃったやつを配布しときます』が使えないんだよ!」


 こいつも仕事をする気はなかった。


「まあまあ皆さん落ち着いて」


 落ち着いたテノールに甘いマスク、俳優に転向してもやっていけそうな紳士然とした男は宣伝相。


「黙れエセ紳士!」

「黙れ田舎者!」


 内務相と情報相、こんなときだけ息がぴったりだった。


「んだとゴルァ!」


 大根だった。

 紳士でもなかった。

 どすの効いた声に人を殺せそうな目。

 ナイフは皿の上の肉を切るものではなく人を刺す物だと思っている顔だった。


 宣伝相が握りこんだ鉛筆がぼきりと折れた。

 鉛筆はもちろん国産だった。


 プロは鉛筆一本で五人を殺せるという説もあるが某国製品は武器にならない安全設計である。

 ここからも某国が平和を愛する人道的国家であることが窺い知れよう。


 ※なお唐突なプロパガンダが入るのは仕様です※


「おいお前ら。そんなことよりウォッカだ」


 話を遮った体格のいい立派な顎髭の男は農林相。

 なお頭部の緑化には失敗している。


 男たちの間に沈黙と重い空気が流れた。

 ロシアを怒らせたのは痛かった。

 贅沢品の禁輸措置をとられたのだが、その中にウォッカが含まれていたのだ。

 わざわざ国境付近のロシア側に作ってロシア産の高級ウォッカの工場と言い張っていた工場が接収されてしまった。

 ロシアとの付き合いではままあることである。


「言っとくがもう今年の作付は終わったからな」


 農林相は誰かが口をきく前にばっさり切り捨てた。


「うちにはルイセンコはいないから」


 さらに駄目押しするとどこかから深いため息が聞こえた。


 賢明なる読者諸氏には説明する必要もないだろうが、同志ルイセンコは偉大なるソ連の植物学者である。

 彼は小麦を共産主義思想に目覚めさせ、ソ連で蒔かれた小麦を(大飢饉を起こし)アメリカ(から)収穫できるようにする(小麦を輸入する)という人類史上初の(農業政策)偉業(大失敗)を成し遂げた。

 その思想は東アジアにも伝わり、二千万人以上の人民が苦しみ(現生)から救われることになったのだ。


「大豆で酒が出来ればなあ」


  嘆くように天を仰いだ通常の三倍の横幅の男は食糧相。

 なお、某国は配給制である。

 昔の貧乏人は油と肉で太っていたが、大豆加工食品の発達、そして大豆が工場で大量生産されるようになったことにより、貧乏人の主食は大豆製品になって、貧乏人は痩せた。

 某国では先進国との()粘り強い交渉の末(泣きついて)日本(お人よし国家)のODAで建設した大豆工場が稼働している。

  配給が必要十分にいきわたっているのは彼の姿を見れば明らかであろう。

 決して裏庭で野菜を育てたり、鶏を飼っていたりはしないはずだ。


「日本人は変態だからできる」

「そんな変態は日本人だけだ」


 内務相と情報相が同時に声を上げて睨み合い、食糧相が溜息をついた。


 やってみたのだ。結果は腐った何か(納豆じゃない)ができ「日本人なら食えるはず!」と言って、食べた食糧相が入院した。

 なお、腹の具合が治った後、今まで食べられなかった分を取り戻すように食べまくり、入院前より太って出てきたのはきっと気のせいである。


「おまえら日本人の悪口は言うなよ」


 眉間に皺を寄せたひょろ長い体形で長い顔の男は財務相。


「金貸してくれるやつがいなくなるだろうが」


 借りた金で生活費を賄うこと前提だった。

 相手に失礼だとかそんなことは全く考えてなかった。

 もっとも、金のことを考えているだけこの中ではまともなほうかもしれない。


「そういえば、大豆工場は日本に建ててもらったんだよね?」


  文部相がはっ、とした顔になった。


  《そうだ日本に頼もう》


  彼ら(馬鹿ども)の中にその言葉がよぎった。


  「外相!」

  「外相!」


  男どもの目がウォッカをラッパ飲みする外相に集まった。


 …ウォッカを…飲んでいる…


「おい何一人で酒飲んでるんだこら」

「ずるい!」

「一人だけ飲んでんじゃねえ!」

「大使館に無駄にワイン置いてるくせに!」

ブドウジュース(ワイン)だけ飲んでろ!」


 男どもが色めき立って席を立った。

 これは重大なる(俺にも)裏切りである(ウォッカよこせ)

 会議(茶番)を始めてから彼ら(馬鹿ども)の心が初めて一致した瞬間だった。


「うるせえ!」


 外務相が振り上げた瓶が手からすっぽ抜けてあらぬ方にすっ飛んでいった。

 目の下に隈ができている。ついでに目が血走っていた。


「いつもいつも勝手なこと抜かしやがって!最後に尻拭いするのは俺なんだぞ!」


 今回の国名変更事件はひどかった。

 ある日の国際会議。ポーランドとウクライナにはゴミでも見るような目で見られた上にあからさまに舌打ちされ、ロシアには睨まれ、他の東欧諸国には微妙に距離を取られる。

 イギリスにはタイムスリップしたのかと皮肉られ、アメリカには敵になるのかと聞かれ、ドイツは真顔で真意を問いただしてくる。

 笑顔で近づいてくる共産主義を掲げる貧乏独裁国家たち。

 力一杯バシバシ肩を叩かれ、カマラード!とかアミーゴ!とか言われても全然嬉しくない。

 だが、テキーラはおいしくいただいた。

 いつも通り何を考えているかわからない笑顔で事務的に国名変更後の略称について尋ねてきた日本が天使に見えた。

 思わず両手を取って結婚を申し込んでいた。

 既婚者ですから、と何を考えているのかわからない笑顔で断られた。

 泣いた。

 家に帰った瞬間嫁のアッパーカットが待っていた。浮気なんか許さないと叫ぶ嫁にボコボコにされた。

 てかなんで男に結婚を申し込んだのか。疲れすぎだろ。


「だいたいおまえが『あいつなら顔と声だけ良くて頭軽いからちょうどいい』って言ったせいだろうが!」


 顔を真っ赤にした外務相がフラフラ立ち上がって宣伝相を指さした。


「てめえら全員賛成しただろうが!」


 机を力一杯叩いた宣伝相が怒鳴り返した。

 そう。全員賛成したのだ。だってここまで活動的な馬鹿だと思ってなかったんだもん。


「黙れクソども」


 文化相が氷の如き無表情で口を開いた。

 年齢不詳の長身の美女でこの場で唯一の女性である。

 なお、夫は文部相。二人の間にいったい何があったのかは不明である。

 片手にはついさっき外務相が放り投げた瓶。あらぬ方向に飛んで行った瓶は彼女に届いたようだ。


「どいつもこいつも仕事さぼって酒ばっか飲んで」


 カーチャン(マーマ)がそこにいた。ゆらりと立ち上がった文部相の背後に横幅三倍のマトリョーシカのようなオーラが見えた。

 ヤバい。あれは怒り狂ったカーチャン(マーマ)だ。俺らでは絶対に勝てない。

 男どもは逃げ出した。


 ゴン!


 会議中にはステルス性能を最大限に発揮していた軍需相が、真っ先に逃亡しようとして崩れ落ちた。

 ステルスは平時にしか役に立たないらしい。


「まあまあ、落ち着いて」


 宣伝相がなだめにかかった。

 甘いマスクにテノール。眉が少し下がって困ったような表情。

 普通の女性が声をかけられたら、話くらいはは聞く気になるだろう。

 宣伝相は自分がどう見えるのかは計算し尽くしている。

 ついカッとならなければだが。

 それが一番難しいというのは機密事項である。


 ゴン!


 文化相は容赦なく瓶で殴った。

 話なんか聞く気はなかった。

 そもそも普通の女性はこんなところで瓶を振り回して男どもを殴り倒したりしない。

 イケメンだろうが話なんか聞かずに平等に殴り倒す。共産主義の真骨頂である。

 顔面に瓶がヒット。宣伝相は鼻血を吹いて崩れ落ちた。


「待て!落ち着け!」


 農林相が必死で文化相を制止した。


「おい!文部相!おまえの嫁だろなんとかしろよ!」


 ゴン!


 目を逸らした瞬間、瓶が砂漠地帯を直撃した。

 農林相は倒れた。


「まあ待て、今度の予算割り振り」


 ゴン!


 財務相は倒れた。

 共産主義は金の前に膝を折ることはないのである。


「え?ちょっと待って?僕にできるのは配給くらいしか」


 ゴン!


 うろたえていた食料相は倒れた。

 共産主義において分配は公正でないといけないのである。


「おまえ行けよ!」

「ふざけんな!おまえが行け!」


 内務相と情報相は無意味につかみ合いをしていた。

 お互いが相手を盾にしようと必死になっている様は、仲良く抱き合っているようにも見える


 ゴン!ガン!


 二人は仲良く抱きあったまま倒れた。


「あ、あー」


 追い詰められた文部相が目をさ迷わせた。

 周りに立っている人間は文化相(よめ)以外いない。

 もう腹をくくるしかない。


「愛してるよ」


 文部相がキリッとした顔を作って言った。

 キリッとしていても顔がお菓子のパッケージなことには変わりなかった。

 文化相(おによめ)が動きを止めた。

 文部相の顔が一瞬ゆるみ


「なら働けやあ!!」


 般若がそこにいた。

 妻を愛していても働かない。某国の男の基本である。


 ゴッ!


 ゆるんだ顔のまま文部相が倒れた。

 酒とおっさんの臭いが充満する部屋の中、もはや立っている人間は文化相だけである。


Ураааааааа(ウラー)!!!!」


 文化相が酒瓶を掲げて勝利の雄叫びを上げた。

 勝った。会議は全然進んでないけど。

 文化相は文部相(だんな)を担ぎ上げてドスドスと音を立てて去っていった。


「うう…」


 内務相と情報相がうめきながら上半身を起こした。


「ちくしょう!馬鹿力め!」

「なんでレスリングで武器を使うんだよ!」


 罵った後、お互いに睨み合ってため息をついた。


「あいつ、連れてかれたな」

「次は六人目か」


 あの夫婦、喧嘩をするとなぜか子供が増える。現在五人。


「もげろ!」

「中折れしろ!」


 だいたいこの年齢になったらかなりきついのではなかろうか?

 なんで元気なんだよちくしょう。


 結局何も決まらなかった。

 いつものことである。


 なお、外務相は殴られる前に転がっていたことを付記しておく。

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