旅人の祈り
長い
ヤツが来る。
全身の毛が逆立つ、怒りと恐怖が沸き上がる。場の空気が一気に静まり返る。その男は人類すべての敵。いや、その男を除いた全ての人類、と言うべきか。
王国は一夜にして滅ぼされ、次々と人類は殺戮されていった。
仲間の仇を撃たねばならない、そう思ってはいるが、やはり込み上げてくる恐怖には抗えない。静まり返った空気の音と自らの体を動かしている心臓の音だけが頭に響く。このままでは恐怖に押し潰されてしまいそうだった。
その時、隊に戻ってきた偵察兵が私に言った。
「来ました、迎撃の準備を」
決めなければいけない、覚悟を。
「よし、防御陣、展開!」
私の合図と共に空中に魔方陣が描かれる。絶対防御の魔方陣、本来であればそれは間違いではない。しかし、あの男には通用しないだろう。そんなことわかっている、わかっているが、他に私達にできる対抗策は無かった。
道の向こうからその男は来た。ゆっくりと、まるで散歩でもしてるような歩みで。
戦っても勝ち目がない。わかってる。抵抗するだけ無駄だ。わかってる。仮にあの男を殺せたとしても、その後残された君たちはどうするの?うるさい。
頭の中に語りかけてくる声を無視してその男を見る。
男と言うよりは少年だ。前もって言われなければ人殺しだとはわからないくらい幼い少年。綺麗な銀髪と整った容姿。ボロボロの服。その服の汚れが、彼の銀髪の美しさを助長していた。しかし、彼の目には感情が、光が宿っていなかった。
動く屍、とでも言うべきだろうか、とにかく彼からは生気ややる気といった類いのものは感じられなかった。
結果がわかっていても、やるしかない。私は攻撃準備のかけ声をかけようとした。
その時だった。
彼がこちらに向かって手を振った。まるで挨拶をしてきたかのようにも見えた。が、しかし、そんな幻想は次々と倒れていく味方の音で打ち砕かれた。
「なっ…」
口から声がこぼれていた。みんな死んでしまったのか?なら、なぜ私は生きている、いや、もう死んでいるのか?
そんな葛藤をしている内にいつの間にか彼は私の目の前に移動していた。
「君で最後だよ」
やさしい口調で彼は言った。
「あ、あ…」
声にならない声が、静かになった場に、静かに響いた。
あたまが回らない。しこうが停止する。死ぬとはこういうことなのか。
「せっかくだから、殺す前に少し質問に答えてあげるよ」
小さな子供に言い聞かせるような言い方で彼は言う。
私は死ぬのだ。そう理解した瞬間、頭が冷静になった。
聞きたかった事を考えた。今、あの世に居る仲間達は何を知りたいのかを考えた。後であいつらにで話してやろう。そう決めて私は彼に質問をした。
「どうしてこんなことを」
すると彼は悩んでいるような仕草を見せた。が、その瞳にはなんの感情もない。
「そうだなぁ…悪いことをしたかったから、かな」
思わず笑ってしまいそうになった。そんな馬鹿げた理由で私達は殺されるのか。
「あとひとつだけ答えてあげる」
思考を遮るように彼は言う。もうどうでもいい、どうにでもしてくれ。質問なんてなんでもいいだろう。
「あなたは何者?」
ありきたりで、どうでもいい質問をした。
「うーん…」
また悩んでいるふりをしている。感情のない瞳のまま。
「元は人間だったなにか…かな」
「はぁ?」
思わず言い返してしまった。
「いやぁ、ぼくも元は人間だったんだよ?こう見えてもね。でも今は…」
その瞳は少しだけ、悲しそうに見えた。
「人間もそうだけど、生き物はいつか必ず死ぬって言うでしょ?だからさぁ…いつまでたっても死ねないぼくは、人間どころか、生き物ですら、ないわけで…」
その声色は少しだけ、哀しそうに聞こえた
「生き物ですらなくなってしまったぼくはやっぱり…なにか、でしかないんじゃないかな。あえて言うならまぁ…悪者、かな?」
そう言って少年は微笑んだ。その瞳に、はっきりと悲しみを浮かべながら。
女の人の体から魂を押し出した。これで終わりだ。
「これでぼくは立派な罪人だ…」
不老不死の体に、願ったことはなんでもできるほどの魔力。
どれも望んで手に入れたものじゃない、なのにどうして。
ぼくは死にたいだけなのだ。
だから人を殺して、罪を背負った。
さぁ、神様。
「ぼくを…この罪人を…」
地面に膝をつき、天を仰ぐ。
「裁いてよ…」
ぼくは祈った。
しかし、神は答えない。
そこにあるのは、滅びた世界と、不滅のぼくだけだった。
とんでもない子だね~。
ホントに居るかどうかもわからない神様のために人類滅ぼしちゃうなんてさ~、すごくない?
でも、君たちは知ってるかな?
不滅の体に森羅万象を操る力。
これを持ってるヒトの事を人間は、「神」って呼ぶこともあるみたいだよ?




