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STEP3-1 ~にゃんこなお姫様とチョップをかます透明人間とスペースオペラな収穫ロボ~

 翌朝の目覚めはひどくさわやかだった。

 おはよう俺のふかふかおふとん、そして、いとしのもふもふラグ。

 ひととおりシアワセを満喫し、身を起こした俺は驚いた。窓が閉まっている。


 高校時代に発症したシックハウス症候群の苦しい経験ゆえか、俺は例え真冬でも、すこしでも窓を開けてないと眠れない。

 もしくは、昔ながらの、密閉度の低い部屋で寝るか。

 なのにいまこの部屋は、空調でさわやかな温度湿度が保たれている。つまりびっちりと窓もドアも締め切られ密閉されている。

 なのに、全然気持ち悪くない。むしろ居心地よくさえ感じている。

 思わずひとりごちていた。


「これがユキシロの科学力……てやつ?」


 だとしたら、うん、マジにここはすごいかも。

 そういえば昨日、もし洪水がきたら窓をロックしろ、そうすれば水没しても平気だ……なんぞと言われたものだが、これもあながち冗談ではないかもしれない。


 サイドテーブルからリモコンを手に取り、空調をとめる。

 さっとカーテンと窓を開け、外を眺めてみた。

 敷地の外に広がる、賑わいと気品を兼ね備えた町並み。

 朝日をはじき、きらきらと走る電車。

 その行く先をたどってみれば、一駅ぶんくらい向こうに、新しい大型ショッピングモールが見える。モールのわきには一部造成中の運動公園もあり、今度の休日の行くさきとしてよさそうだ。


 素直に、いい景色だ、と感じる。

 それもそのはず、ここはこの町の一等地にたつ本社ビル、さらにその七階にある、役員専用居住フロアなのだ(俺はなんと、すでに常務取締役に任命されているらしい!)。

 というとめちゃくちゃ優遇されているようだが、逆にそれは絶対ズル休みできないということでもあり、何かあったら夜中でも容赦なくひっぱり出されるということでもあるとのたまった、社長のとってもとってもいい笑顔を思い出すと……


 そのとき、サイドテーブルでスマホがブブ、と振動した。メールが着信したようだ。

 そういえばゆうべあれから、みんなにメールしたんだっけ。

 大丈夫。うまくやれそうだ、って。

 久しぶりの連絡となるサクほか数名には、同時に無沙汰もお詫びした。

 はたしてスマホには、祝福のメールが何通もはいっていた。

 ちょうど今着信したのは、お玉さんからだ。

 安定の一番乗りは姉貴から。そして実家代表のおふくろ、サク、数人の恩師や友人。

 だがそのなかに、ナナっちからのものはなかった。


「ナナっち……やっぱ、もめてんのかな。

 なんとかうまく、いくといいけど……。」


 物思いにふけっていたら、ふたたびスマホが振動していた。

 始業時間から逆算し、社食に行く時間もセットしていたのだが、なんともうその時間になっている。

 急ごう。昨日はさんざん迷惑かけてしまったし、今日こそはバシッと決めたい。

 俺は全速力で身支度をし、とるものもとりあえず部屋を飛び出した。


 今日の予定は、午前は収穫・選定作業の見学と実習。

 午後は、中断してしまった昨日の続き。定植以降の作業の見学と実習だ。

 その後は、各種資料・マニュアルなんかも読まなきゃならない。

 明日午後には、シャサさんによるとってもキビシイ健康管理講座もあるとか……

『お前も一応役員だからな。定時などというものはないのだ』

 ふたたび、社長のとってもいい笑顔が脳裏に浮かんだ。


 * * * * *


 さすがに今日は社長はついてこなかった。

 朝礼とラジオ体操が終わると俺は、世話係に任命されたらしきシャサさんにより、昨日と同じ場所――四階フードファームエリアに連れて行かれた。

 しかし、彼女とは入り口でさようなら(今日は夜勤だそうな)。別の先輩に身柄を引き渡されて俺は、ファームに入ることとなった。


 と、いってもその先輩。どうやっても、後輩にしか見えない。

 瑞々しい漆黒のショートボブのせいか、俺の顎までしかない低身長(多く見積もっても155cmほどだ)のせいか、はたまた紺色の制服がブレザーめいているせいか。

 ほんのりはにかんだ笑みで俺を見上げる彼女はどうみても、美女というより美少女だった。


「おはようございます。昨日はよく休めまして?」

「えっと……はあ……どうも……」


 彼女は親しみやすい様子で、優しく声をかけてくれた。

 だが俺は情けないことに、ほぼ完全にポンコツと化していた。


 理由のひとつは、彼女の規格外のかわいらしさ。

 大きく愛くるしい深緑の瞳に、高く甘い可憐な声。たとえるならば、子猫さん。

 さらには、立ち居振る舞いにあふれる気品。おしとやかで、たおやかで、それでいてどこか凛としていて……

 このお方はもしかして、にゃんこの国のお姫様っ?!

 いや落ち着こう。落ち着こう。女性の前ではなぢを出すなんて体験は、一生一度で充分だ。


 いまひとつは、めまいのようなデジャブ。

 こんな素敵すぎる子を一度見たなら、一生絶対忘れるはずない。

 なのに、俺の記憶はあいまいなのだ。

 昨日の歓送迎会だったか。うちでだったか。

 いやいや、こんなレベルの高い美少女だ。もしかして彼女はデビューしたてのアイドルで、俺はテレビやポスターでその姿を拝んでいたのかもしれない。


 どこかでお会いしましたっけ、と愚直に聞きそうになって、あわてて口をつぐんだ。

 もしこの子にすでに会っていたら、それは失礼な問いだ。

 そしてもし初対面だったら、ぶっちゃけへたすりゃ犯罪だ。

 俺はたしかにアホだが、その程度のコモンセンスは持ちあわせている。

 しかし彼女は、ひそかに冷や汗を流す冴えない男を、優しい笑みでフォローしてくれた。


「あっ、ごめんなさい。

 昨晩は私服でしたから……それに、ひとことご挨拶をさせていただいただけですし。

 この国ではわたしは未成年なので、早めに引き上げなければならなかったのですわ」


 自分からさらりとわびた後には、相手が簡単に食いつける情報をよこして、そっちのほうへ話をもっていけるようにする。なんとスマートなフォローの仕方だろう!

 感嘆しつつもありがたく、俺はそれに乗っからせていただくことにした。


「もしかして、アユーラにお住まいで?」

「はい。成人を機に、こちらに移住させていただきましたの」

「ってことは……」

「この春に十六になったばかりですわ。

 たよりないと思われるかもしれませんけど、精一杯頑張ります。

 どうか、よろしくお願い致します」

「大丈夫です! 俺がお守りしますのでっ?!」


 若干十六でこんなとこに勤務とか、確実に飛び級天才美少女だろう。なのに、ひけらかすこともせずこうべを垂れる。その奥ゆかしく健気な姿は、俺のはーとを直撃した。

 瞬時に口走っていた、と同時に後頭部に衝撃。

 まさかまた社長のやつか。だが振り返っても誰もいない。


「これは……透明人間……?!」


 ありうる。とんでもない科学力を持つらしい、秘密基地めいたここならば。

 地下の製薬セクションではきっと、壁ヌケのできる薬や、空を飛べる薬なんかも……

 だが爪先立ちをした彼女が、かわいらしい手で『ちちんぷいぷい』してくれると、すべては瞬時に消しとんだ。


「ふふっ。どうか悪く思わないでくださいませね。

 お兄さまはやさしい此花さんが、とてもとても大好きなのですわ。

 いたいのいたいのとんでいけ~。さ、参りましょう」

「はいっ! どこまででもお供しま……

 そういえば名前、まだお聞きしてなかったような」


 昨日は挨拶だけしかしていなかったはず。俺は問いかけた。

 振り返った彼女は答える。


「ルナですわ。ルナ・メイ。

 父のメイ博士に代わって、兄サクヤ・メイのお手伝いをしております」


 そのとき、疑問とデジャブは納得に変わった。


 * * * * *


 昨日同様の身支度をてきぱきと終え、俺たちは仕事場に入った。

 今日は、昨日とは別の入り口からだ。

 テラスのようなエントランス部から見下ろせば、人工の風、人工の光に満ちた、外界とは隔絶した空間が広がった。

 右はじには、昨日俺が騒いでいたコンベアがある。

 左はじには、無人の小型フォークリフト(猫が乗ったらちょうどいいような小ささだ)が数台とこれまたコンベア。

 そして前方には、何種類もの植物を生やした箱を満載した棚が、半透明の仕切りに守られいくつも連なる、広大なフィールドが広がっていた。

 ちっこいかわいいカリフラワー娘となったルナさんが、にこやかに教えてくれる。


「こちらは定植後ユニット。植物さんたちがおとなとして、成長するための場所ですわ。

 いうなれば、田畑や果樹園ですわね。

 丈を伸ばして葉をつけて……花を咲かせて、実をつけて。

 そうして充分に熟したら、収穫をさせてもらうの。

 そのあと、お皿に乗ってもらう子と、別の場所でがんばってもらう子を分けて送り出して、ここですることはおしまいです。

 お世話と作業のほとんどは、機械さんたちが行ってくれますから、そのお手伝いをしてあげるのがわたしたちの主なお仕事になりますわ。

 ……ちょうどいいですわ。あの子をごらんになって、此花さん」


 そういえば植物の棚の間には、某大人気スペースファンタジー映画のマスコットキャラにも似た、ちょっとドラム缶テイストのやつらがいくつか動き回ってる。

 ルナさんは俺を、そのひとつの元に連れて行った。


 背丈はルナさんより頭ひとつ分程度低い。およそ130cmほどか。

 青いカラーリングを施された、半球状の頭部にはまるいカメラのレンズ。肩からふたつのマジックハンド。

 スケルトン構造の腹部に四角いプラスチックの籠を上中下と三つおさめ、足まわりは地味に四輪駆動。

 妙に愛嬌あふれるそいつは、今しもナスの収穫に取り組んでいた。


「まずはこのカメラを使って、収穫すべき実がどこにあるかを認識しますの。そうしたら……」


 にょーんとマジックハンドが伸びていき、先端にある指が、実をぶら下げた茎をしっかりとつかむ。

 と、どうやったのか。しゅっと言う音とともに茎が切断され、マジックハンドは指先にナスをぶら下げたまま収縮。

 カメラのまえでナスをくるくるまわすと、腹の部分におさまった籠にぽこんとリリース。


「おお!」


 のこのこ、にょーん、しゅっ、ぽこん。

 のこのこ、にょーん、しゅっ、ぽこん。

 コミカルかつリズミカルなしごとっぷりに、俺はあっという間に夢中になった。


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