STEP2-3 ~もと訳ありフリーターな新任部長はやっぱり天国にきてしまったようです!~
「お、おいちょっと!」
コンベアの上かすかに揺れながら、白い箱が流れていく。
ぽつっと、ひとつ。持ち去られた小箱の跡だけ空にして。
機械の腕がそこに、新しい小箱を差し込む。
5枚の葉を揺らした――どこも欠けのない苗を植え込んだ箱を。
もちろん、あれはまったく別の苗だ。
思わず声を上げていた。それでも、流れはとまらない。
しずかにまるで、最初から何もなかったかのように、苗を詰め込んだ箱は流れていく。
「……ちょ……え……
あ、あれ何? 何が……
あいつ! あの茎の折れかけた奴、あれどうなるんだ?!
……ま、まさか」
『基準をクリアした苗だけが』――『だけが』。『育成本番に』『進む』。
ということは、クリアしなかった苗は、進めない。
進めない、その先は?
てりつける日差しの中。
弔われぬまま棄てられ、積み上げられて。
駆け寄ろうとすればいくつもの手に引き戻された。痛い。つかまれた腕も、そして
「ま、待って……待ってくれよ! あれ! どうにかならないのか?!
せめて、せめて……」
口に出してしまってハッとした。
無駄だ。だって『流れ』ができてる。
そこで、横っちょにいるだけのガキが何か言ったところで。
「………………なんでも、ない……です」
さいしょのバイト先でのこと。
試用期間の最終日、俺はいきなり雑草取りを命じられて、動けず。
荷物を肩にかけなおし振り返ると、別のバイトが前庭に出ていた。
シャサさんが、一生懸命何か言ってくれてる。
シャサさんのせいじゃない。シャサさんは、悪くないんだ。
だから、とりつくろわなきゃ、なんとか。
でも、言葉はちっとも頭に入らなかった。
しかたがないので、とにかく音の切れ目にはい、はいと笑顔を返す。
けれど、うまくできなかったよう。
シャサさんはどんどん悲しい顔になり、やがて社長がその肩に手を置いて。
……その後のことは、よく覚えていない。
ベルが鳴って、言われるままに掃除と着替えをして。
シャサさんに引っ張られるまま、社食の席に腰を掛けた。
「ほれ、まずはこれ。元気出るから、ね?」
そして、取り分けてもらったサラダの小鉢に、言われるがまま手を伸ばし
「え」
時が止まった。
いや、戻った気がした。
たくさんの野菜の真ん中。
俺には見分けがつく、間違いない。
盛られていたのはあの、『棄てられた』はずの、ほうれんそうの苗だった。
「こ……れ……?」
「今度は聞いてもらえるかな。
ああやって折れちゃった子たちはね、その日にベビーリーフとして頂くんだ。
そうして元気つけて、あとのみんなを育ててあげるの。
『無駄に棄てられる』命なんて、すくなくともここには、ないんだよ」
シャサさんの微笑み。社食に集まったみんなが、俺に向ける微笑み。
それはみんな、みんな優しくて。
あの社長までが俺の頭に手を載せて、やわらかい声で言ってくれた。
「食用にならぬ苗や、病になったものはこうはできないが、それでも別の役割がある。
苗のうちから薬用成分の抽出が可能なものもある。
病を得たならそれを治す薬の開発や、防止策の策定。
そうして最終的にはメタン化発電技術により、わが社を支える『力』に生まれ変わる。
忘れたか。このユキシロ製薬は、世界トップクラスの技術力を誇る製薬会社にして、完全ゼロベースによる運営を達成した、他に類を見ぬエコ優良企業だぞ」
「……うん」
「さ、食べてあげて。
このシャサさんたちが愛情こめて、今日まで育ててきた子だよ」
渡されたフォークを手に取った。
いただきます、手を合わせ、ベビーリーフをフォークに乗せる。
しばらく、見つめて。
そっと口に運べば、しゃきり。
最高の甘さが広がった。
「んまい」
歓声が上がった。シャサさんと誰かが抱きついてきた。
よろしくとよろしくが飛び交えば、あっちこっちで乾杯が繰り返された。
最高の料理と最高の酒、そして最高の先輩たち。
俺はこの夜、かつてないほどの幸せにたどり着いたのだった。