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STEP2-2 ~もと訳ありフリーターな新任部長は勤務初日で心折れそうです~

「サクっちほんと大丈夫? しゃちょーに無理いわれてない?」

「いや、大丈夫……なので!

 しごと、早く覚えたい……っス、なので……!」


 会ったばかりの先輩女性に、いきなりタメ語も難しい。というより、さきの呼び捨て未遂以降の一連の騒動を思い出すと、照れてしまってしかたない。

 しばらくは、バイトの先輩後輩っぽくいかせてもらおう。ごまかすように言葉を選びながら、俺はシャサさんに大丈夫と繰り返した。



 あれからぶじ脱脂綿の取れた俺は、遅れてしまったお昼(激ウマでした。とくにベビーリーフ入りサラダは新鮮で絶品!)を取ると、四階フードフロアのファームエリアに赴いた。

 どういうわけか、それには社長が付き添っていた。

 もちろん約束どおり昼はおごってくださった、それはいいのだがまたしても、修行が足りんだのもっと落ち着いて食えだの前以上にめっちゃおっしゃって下さりやがる。

 食べ物をくれるのは、いい人だ。けれど、そろそろちょっぴり度を越してきた。

 そう感じてきた俺は皮肉をこめてこう聞いてみた。


『社長って、そんなにヒマなん?』


 結果は――言わずもがな。



 そうして、俺はここにいる。

 シャサさんにアタマをわしゃわしゃ撫でられながら。


「えらーい! えらいぞサクっちー!!

 だったらしゃかしゃかはじめちゃうけど、気分とか悪くなったらすぐ言ってね?」

「あまり甘やかすな、シャサ。現状、若さとスタミナしかとりえのないにわか部長だ。

 軽く地獄を見せるぐらいでちょうどいい。」

「げ」

「あははは! しゃちょー、ほんっとサクっち好きだね!」


 シャサさんがからりとのたまった言葉に驚いて奴を見ると、奴はなんと照れていた。

 そして、俺にチョップが飛んできた。



 見学に当たり、下準備としてしたのは手洗い、うがいにボディーチェック、着替え。

 ボディーチェックは一風変わっていた。私物の持ち込みはもちろん、植物素材のアクセサリーや、金属製のピアス・ヘアピンなどをしてないかも入念にチェックされる。

 それをクリアすると着替え。用意されていたのは、まるでドラマの手術シーンで医師が着ているみたいなアレだ。

 割烹着めいた長袖長ズボン、でっかいマスク、カリフラワーみたいな帽子。

 さらにはぴったりした手袋と、ファームの内部専用の靴もある。全て真っ白の完全装備だ。

 白装束を身に着け、全体にころころ粘着テープをかける――なんと三回も(それも一回ごとに新しい面にした)。

 その後、手袋をつける前にアルコールで手の消毒をし、つけた後にまた消毒。

 作業場への私物持ち込み禁止やアクセサリー装備不可などは、これまでのバイト先でも時折あったが、こんなにも厳重なボディーチェックや、下準備ははじめてだ。

 戸惑う俺に、社長は言う。


「こうした場所では、すこしの混入・汚染が大事につながる。

 完全管理の環境だからこそ、逆にそうしたところが弱点にもなるのだ。

 だから、疾病や負傷、体調不良も隠すのは厳禁だ。全て、管理者に正直に申告すること。

 というか、お前はその申告を受けて皆を動かす立場になるのだ。今から徹底しておけ。

 ここから先の命すべては、お前が育み守るのだ。いいな、此花咲也」

「……はい」


 ずいぶんと茎の長いカリフラワーと化した社長の姿は、そうと考えるとすごく面白かったが、その言葉の重さには固唾を呑んだ。

 俺を待つのは、けして軽からぬ使命なのだ。

 それでも、やる。やってみせる。

 はかない命たちのゆくさきを、こんどこそ俺が、守れるならば――

 いつの間にか、ぎゅっとこぶしを握っていた。


「よし。ついてこい」

「はい!」


 総仕上げとして全身を巨大なエアブロワーで清められた後、多重のエアカーテンと気密扉をくぐる。

 そうしてやっと、人工の風と明かりに満ちた、仕事場にたどりついた。


 * * * * *


 真っ白な明かりの中。透明な壁の向こう。

 みかん箱ほどの白い箱が、コンベアの上をゆっくりと流れている。

 二十個ほどの白い小箱を、整然とその中に詰め込んで。

 小箱の上蓋には、どれも小さな穴があり、小箱のなかにつめこまれた白いクッションのようなものが見えるのだが……

 俺の目の前まで来たとき、箱は停止。次の瞬間、ぬっと降りてきた吊り天井に覆われる!


「ひやっ?!」


 おもわず変な声を上げると、シャサさんがあははと笑う。


「だいじょぶだよサクっち。みてみて」

「へ……あっ」


 吊り天井が静かに持ち上がったあとには、今までなかったものがお目見えしていた。種だ。

 野菜のものと思しき、黒くまるっこい種が、すべてのクッションにひとつずつ、その身をうずめている。

 つややかなセミロングも帽子におさめ、すっかりキュートなカリフラワー娘となったシャサさんが、先輩らしい貫禄で解説してくれるには――


「まずここが全ての始まり、播種ユニットよ。

 ぶっちゃけ、オートで種まきをしてくれるとこ。

 ここでの仕事はおもに、機械がちゃんと動いてるかの監視や、なんか普通と違う状態になったら、機械を止めて対応することね。

 細かくはおいおい教えるから、まずはノリをつかんでおいてね」

「ほええ……」

「実は今でもこの作業が、完全オートになってるとこは多くないの。

 まあここでもヌケが出たら、そこは手作業で植えたすんだけどね」

「植えるって……土は? あの穴の中っすか?」

「半分正解。ほら、あの穴の中、種の『置かれてる』白いやつ。あれが土の代わりよ。

『培地』っていう、特殊なスポンジみたいなもので、水と栄養を含まされてる。

 あの種たちは、それに根を張って、芽を出すの」

「へえ……」


 種を植えるのに土が『ない』。しっとりと黒く、ふかふかと温かい、母なる揺り篭が。

 すこし、不思議な感じがした。

 土を肥やしてくれるミミズ、どころか菌類だっていないだろう。あのひたすら白いフワフワで……


「本当に、芽、出るんすか?」

「出るわよ。来て」


 シャサさんに言われるまま、コンベアにそってついてゆくと、オレンジの光に満ちたブースにたどり着く。

 そこにあったのは、小さく可憐な『草原』。

 機械の腕で棚に並べられた、たくさんのあの箱が、暖かなランプに照られされて。

 てっぺんの穴から芽吹いた、無数の緑がゆれている。


「すごい。マジで出るんだ……おっ!」


 おりしも目の前で、にょき、と頭をもたげる小さな芽。

 この様子は何度見ても、綺麗だ。

 かわいらしくて、いとしい。

 思わず透明な壁に張り付いていたら、誰かにふわと抱きかかえられた。

 柔らかな感触の中、ブースから離される俺に、シャサさんの声が教えてくれる。


「おっとと、もちょっと離れてサクっち。

 普段はあんな速さじゃないの。もっとじわじわ伸びてきて、あの姿になるまでには一日、二日はかかるのよ」

「そういうもんなの?!

 芽が出るときって、あんなふうに最初にょわーっと伸びて、人が見てなくなったら休んで、ってかんじじゃないんだ……!」


 俺は驚いて聞き返した。

 シャサさんも驚いた目で俺を見つめる。


 沈黙が、二人の間に落ちた。


「さっくん……やっぱ、昔のまんまなんだね……」


 それを破ったのはシャサさんの、ほのかにゆれる声だった。

 目の前の翠玉色はやわらかく潤んで、そして……



「説明が遅れたが、そこが発芽ユニットだ。」


 めしっ、とチョップがめり込んだ。

 当然俺の後頭部だけに。

 振り返ればそこには社長がいた。いい笑顔の、と思ったら微妙な顔だ。


「無事に発芽したら、となりの育苗ユニットで一週間ほど育てられる。

 そこから、基準をクリアした苗だけが定植……育成本番に進むことになる」

「え?」


 なんだ。なんか、ひっかかる。

 とても、不吉なことを聞いた気がした。


 発芽ユニットのとなりには、それとよく似た大き目のブースがあった。

 社長の視線の先には、そこから流れ出す一本のコンベア――否、そいつの上を流されていくひとつの白い箱があった。

 この箱の中にも二十個ほど、白い小箱が詰まっていたが、それらはどれも4、5枚の葉をつけた、みずみずしい緑を揺らしている。

 俺にはわかる。あれはほうれん草の苗だ。

 ぴんと幼い頭をもたげ、タテヨコに並んで誇らしげに行進していくさまは、入学式の会場から出てきた小学生たちを見るよう。


 しかしそのなかにひとつだけ、茎の折れかかったやつがあるのに気づいた。

 あの程度なら、なんとかしてやれそうだな。まずは添え木を立てて、紐で……

 おもわず手を伸ばしたところに、機械の腕が降りてきた。

 そして、スッと。

 傷ついた苗の植わった小箱を、どこかに持ち去ってしまった。

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