LAST STEPS. 自由の大地へ(朔夜の場合)
『それでもさ、』
それから後の昼のこと。
いつものサラダランチを満喫しながら、サキは言った。
『実は俺、やっぱり自由の大地を探したいって気持ちもあるんだ。
あのころみたくスノーフレークスが、一面に咲いて綿毛を飛ばせるようなところをさ』
しかしどこまでも優しいやつは、こう続けるのだ。
『でももし、皆に無理だけをさせることになったら心苦しいから、……
ユキシロとしてもなにかメリットのある、皆が夢を持てる形の企画にしたいんだ。
スノーフレークスにもちゃんと、外の風を味あわせてやりたいし。
サク。なんか、いいアイデアないかな?』
そうして結局は俺に甘えてくる。
まったく、あの頃とかわっちゃいない。
もちろん悪い気なんか、これぽっちもしないのだが。
俺は考えておいた言葉を告げる。
『自由の大地、か。
たとえばスノーフレークスだが、強烈な繁殖力を持つあいつが現代の生態系と共存するのは難しい。
考えられるのは、他とは隔絶した遠隔地、あるいは生育にいまいち向かない土地に植えるか。
遺伝子操作は嫌なのだろう?』
『ん……ワガママだけど。
だって一応俺のその……大事なひと、なわけだし』
やつはもごもごと頬を染める。いや、平静を保とう。
まずは実務的なポイントにのみ、話を絞ることにした。
『交配による品種改良くらいは承諾してもらえると、正直難易度は下がるのではあるが……』
『うーん。まあ、それ、なら……
いや、スノーはいいって言ってるんだ。もともと今のあいつらは、帝国で品種改良を受けてあそこまでなったっていうし』
『ほんっとうにわがままだな!』
『うう……ごめん……』
からかい混じりにいってやれば、律儀にごめんと謝る。
その顔は、まるっきり“弟”のそれだ。
目に浮かぶ。頭の耳が生えていたなら、今頃しょぼんと垂れているだろう。
もちろん俺はその頃のように、手を伸ばして撫でていた。
『まあ、お前がそういうなら、俺たちはついていくだけだ。
言ったろう。お前あっての俺たちなのだ。
俺たちのこの瞳と心を、美しい緑の色で染めたのはお前。お前だけだ』
『……ありがとう』
はにかみながらもうれしそうに、やつは笑った。
まったく、いつまでそう謙虚なのだ。俺はもちろん、こう告げる。
『当然のことだ。
お前は我々に慈愛を、その畑に涙を注ぎ、我らを生かした大恩人だぞ。その恩義は永久だ』
『そ、そこまで言われると照れるな……俺、サクレアとしての記憶やっぱおぼろだし。お前たちとの事以外』
『ああ、それ以上は思い出すな。思い出しそうになったら言え、全力で殴って止めてやる。』
『あはは、アタマ変形しない程度にな。って言ってる端から!
……雪舞砂漠緑化事業』
『なに』
思い出さないでくれ、そんなことは。
願いをこめてチョップしたはずが、やつは何かに思い至ったようだ。
きらきらした目でまくし立てはじめる。
『いや、考えてはいたんだよ。
雪舞砂漠は生育の条件がスノーフレークスにとっていまいちだ。そして地力も貧弱。
そこに調整した土をいれ、スノーフレークスを植えれば……』
『難しいぞ。
品種改良が不完全だった場合、周辺部に綿毛が飛べば、たちまち生態系が崩壊しかねん。
お前にずっと、成長抑制を使わせ続けるわけにも行かなかろう』
『いや、その点は俺頑張るし! 神の子なんだし! つか俺のアイデアだし!!』
『お前だけ頑張るな、ばか者。』
子供かお前は。もう一発チョップしておいた。
あまりに微笑ましかったので、ついでに撫でておく。
『しかし、いいアイデアではあるな。
考えても見ろ、あの外道めがこのまま引き下がると思うか。
またテロを仕掛けてきたら……そして対処に失敗すれば、周囲に大きな被害が出かねん。
その点雪舞砂漠なら。
爆弾を積んだダンプの十や二十、遠慮ナシにぶっ飛ばせるぞ!』
『サクさんすっげーたのしそー……
でもいいかもな、緑化キャラバン!
うちゼロベースだし、砂上生活のノウハウさえ確立できれば、なんかいけそうじゃないか?
それに……
帝国にのっとられたりとかはあったけど、やっぱあそこが俺たちのふるさとなんだ。
いつかは戻りたいよ、やっぱりさ』
『なら、決まりだな。
さっそく予備調査を始めるか!』
* * * * *
思い出せば、屋上の夜風がふわり、髪を揺らした。
まるで、慰めるように。宥めるように。
「……お前とならば、実現させられるかもしれないな。
皆が生まれたまま生きられる、自由の大地。
そうしたら、俺も……。」
いや、よそう。一度目も、二度目も、そして今も。
そう、三度目の正直。俺にはきっと、これ以上のポジションは許されていないのだ。
だがそのとき、背後でドアの開く音が、聞き覚えのある足音が、響いてきた。
俺は、柄にもなくおそるおそる、振り返った。
~第一部 完~




