夜明け~まいごのこねこは安住の地にたどり着いたようです~
だれかが俺を、ぎゅ、と抱きしめている。
驚きの後にしみてきたのは、確かなあたたかさと、ひなたのようないいにおい。
とてもとてもなつかしくて、心からほっとするような。
「すまない。バイオスタナーなんぞ、嘘だ」
そして聞こえてきたのはつらそうな声。
「あれはただの煙幕弾。
あとは、空調施設の操作と話術、繰気法の応用を組み合わせ、お前を無力化したに過ぎん」
酷く、すまなそうな声。
それは、社長そのひとの。
どうなってるの。これいったいどうなってるの?
俺の混乱をよそに、体は離れ、言葉は続く。
「そんな兵器はわが社にないし……あったとしても、お前に向けられるわけなどない。
サキ。他の誰でもない、お前に」
どういうことだ。俺はさらに混乱して、やつを――サクの顔を見た。
やつは、憔悴しきった顔で、それでも全力で、俺を見つめていた。
「このことは……ああ。確かにわたしの失策、わたしの力不足だ。
外に出たお前が警備を振り切り、結果アズールと戦う羽目になったのは。
そしてスノーフレークスを爆発的に成長させ、焼かれるに至ったのは。
そのことを、あえて口にせず。一方的に、お前を縛ろうとしたのも。
お前の言うとおり。紛れもなく、事実だ。
すまない、此花。すまなかった、サキ」
血を吐くように語るやつは、深く、深く、頭を下げる。
ずきり、胸が痛んだ。
「それでも我々は、お前を失うわけには行かないのだ。
お前をまた、奴らに奪われるわけには行かないのだ。
また、お前の涙を、血を、奴らの畑にまくためにと、搾り取られるくらいなら……
わたしが罪を着よう。人を騙し、脅してでも。
たとえお前本人に憎まれてでも、この手でお前を守ろう。
俺はそう、決めたんだ。……サクレア」
「……おれ」
まさかと思った。だが、そうと考えれば得心が行くことばかりだ。
俺の異常なばかりの『天才パワー』。古文が妙に得意だったこと。
ここにきた時のみんなの態度。時折耳にする意味ありげなことばや『さっくん』という愛称。
夢に現にあらわれる、幻想的な、ときには恐ろしい光景。
そして、閉鎖空間であのひどい症状が出る理由。
『神の子サクレアのサーガ』によれば、サクレアは唯聖殿の奥深くに長く幽閉されていた。そこで、スノーフレークスの畑にまくためにと、涙や血を絞りとられていたという。
それが『俺』にかつておきたことならば、そりゃそんな感じもするだろう。
いくら神の子が殺されても無傷で生き返り、そのたび一週間前後の記憶をなくすのだとしても、その凶行はサクレアが帝都から出るまで何度も何度も繰り返され、魂に焼きついたはずだ。
幸い俺にそんな記憶はよみがえってないが、考えただけでもゾッとする。
そりゃ、こいつも、そう考えるだろう。
そう、こいつも、苦しんでいたのだ。
限られた力で、できる限りの手を打ちながら。
それに気づかず、俺は……
「……なんて、詫びれば」
「俺の至らなさだ。詫びないでくれ」
「いや。
俺がもうちょっとマシなアタマしてれば、こんなことにはなってなかったんだし。
シャサさんの言うとおりだ。頭に血、のぼると、人の言ってることスルーしちまう。
それこそ、ここから出ないほうがいいのかも知れないな」
おもわず自嘲すれば、やつは子供のころのような顔で言った。
最初は、まじめに怒って――最後は、泣きそうな目で。
「そんなことにできるかっ。
謹慎だって、三日後には解ける。俺たちの『エスコート』だって、ずっと続けるつもりなんかないんだ。
お前がもっと俺たちを信じて。ひとりで抱え込んで、どっかにいってしまわなくなるまで。
不自由を強いるのは申し訳ないけれど、……そうして俺たちを見てもらいたいんだ。
俺たちをもう一度、信じてほしいんだ。
こんな俺たちでは、あるけれど、……」
「逆だろ、それって!」
なんだか、笑えてきてしまった。ベッドの上ばたっと、後ろ向きに倒れてた。
ユキシロの仲間を裏切り、信頼を取り戻すため努力しなきゃならないのは俺のほうなのに。
なのにこいつらは、まったく逆に思ってる。
なんて、優しい。なんて、不公平。
そして、なんて、いとおしい。
声を出して笑って、目を閉じてかみしめれば、ため息がふうっと出てきた。
そして、言うべき言葉、言いたいことばも。
起き上がり、サクに向き直ると俺は、奴の目を見て頭を下げた。
「……ああ、ほんっと馬鹿だ俺。
そうだよな。あんな優しい皆が。その皆が心から慕ってるお前が。
そんな酷いことするはず、ないもんな。
ごめん。ごめんなさい社長。……サク。
俺、もう揺らがない。
一生お前たちを信じて、お前たちといる。
この件について詳しいことも……その、関係者の承諾が得られ次第、全部話す。
彼女にも事情があって、説得には時間がかかるかもしれないけれど、っていうか今は話もできない状態だけど……
かならず、かならず彼女にもみんなを信用してもらえるよう、がんばるから!」
「…… ああ。待っている」
若干、微妙な間があった気がした。が、これはきっと気遣いだ。
俺は素直に受け取っておくことにした。
「さて、ならばここから頑張りどきだぞ、此花技官。
お前はお前でなかったら、懲戒免職で刑事告訴でおまけに猫パンチ五十発ではすまないほどのことをしてくれたのだ。
ちゃんと、皆に詫びろよ。そして、損失はこれからの仕事で返せ。
スノーフレークスの成長制御研究は、まだまだ始まったばかりなのだからな」
社長の顔に戻ったサクが、それでもやっぱりどこかサクらしく言った。
そのとき、がたり。
ドアのほうで音がした。
見ればすこしだけドアが開いていて、そこからはユキシロのみんなの、愛すべき仲間たちの笑顔がのぞいていた。




