途絶、途絶、そして
「此花技官。わたしはさきほど、お前に謹慎を命じたはずだ。
それを破る、理由を言え」
「俺はお前に騙された!!
俺の動きが怪しい? わかっているならどうしてそのままにしておくんだ。
あえて俺に罪を犯させて、そこに敵をけしかけて。愛するひとや友達や、仲間ごとぼろぼろにさせて、全て俺のせいだと思わせ、罪の意識で縛りつけようとした!! お前の手の内に閉じ込めて利用しようとしたんだ!!
帝国に捕まった『神の子』みたいに。ミドリを育てるための家畜として!!
あれだけ優しくして!! あれだけ、信用させておいてっ……」
そこまで言うと、涙が出てきた。
シスコンだのドSだの、なんだかんだあったが、俺はこいつが嫌いじゃなかった。
こいつが他ならぬサクであると、思い出すよりも前から。
口は悪くても優しくて。甘やかすばかりじゃない、ほんとの優しさを持ってると思えて。
こんな男になれたらいいと憧れすら抱いた。なのに!
「冗談じゃねえ。冗談じゃねえよ。
もういやだ。支配され搾取されるのは。
ホントの風も太陽もない、冷たくて暗い部屋のなかで、生かさず殺さず飼われるなんてもう耐えられねえ!!
俺たちは自由になるんだ!
俺もスノーも雑草たちも、全てのいのちが生まれたまま、ともに自由に生ききれる大地。
そいつを探して自由に生きる。
もうお前なんかの言いなりにはならない!!」
「全てのいのちが生まれたまま、ともに自由に生ききれる場所?
……そんなものはありえない。
製薬ファーム最深部のハーブたちは、我らの手で守らねば生きてゆけぬものたちだ。
そして」
「もういい。邪魔をするならぶっ飛ばす。
お前が俺の、大事なさいしょの親友だったとしてもな!」
「そうか。
なら、わたしもしたいようにする」
社長はいいざま、ぽんと何かを投げてきた。
紫色の、猫用のおもちゃのボールのようなそれは、床の上を転げつつ、もうもうと白煙を噴き出した。
「わが社開発の秘密兵器、バイオスタナーだ。
頭痛と吐き気、全身の痺れと発熱を引き起こす細菌の力で、対象を無力化する」
「な……!!」
冗談じゃないぞ。それ完全にバイオ兵器だろう。ぶっちゃけ国際法違反の……
とっさに走って逃げようとした。が。
「残念ながら菌体吸入から感染までの時間は2秒。発症の開始までは7秒。つまりこれを聞いている時点で、時すでに遅しだ。
どうする此花。お前に感染した菌を排除しなければ、お前はいずれ死ぬ。
『全てのいのちがあるがまま、ともに生を全うできる世界』――その理想にそむかぬため、そいつらをそのままに、お前は死ぬか」
「持ちこたえてやるっ! 俺の中で無害化して、殺すことなく共存してみせる!!
……それがホンモノだったらの話だがな!!」
思わず挑戦状をたたきつけ返しながらも、俺はそれが嘘と気づいた。
そう、ここは都会の一等地。そこでそんなもの使えば周囲はバイオテロ騒ぎ、さしものユキシロもゲームオーバーだからだ。
しかし奴は、毛ほども揺らがず返してきた。
「そのためにこのエントランスはいま『完全に遮蔽されている』。
外部に致死性の菌を漏らさぬためだ。
そしてお前も、ここから逃れ出ることはない」
そのとき気づいた。空調が止まってる!
それだけじゃない。各所に設けられた換気口、可動式のルーバー、スリット、それらももれなく閉ざされている。
ユキシロ製薬本社一階正面エントランスは知らぬ間に、巨大な檻になっていた。
風も通さぬ閉鎖空間。俺にとっては最悪の。
心が体が反応しだす。叫びかけた瞬間、ふいと頭に手が触れて――
* * * * *
そこはまた病室だった。
ベッドサイドの椅子には社長がいた。
両肘を両膝について、頭を抱えるようにして。まるで、家族の手術が終わるのを、夜通し待ちわびていたひとのように。
「此花。……
お前は、その身体は、生きたぞ。
奴らと戦い、殺し、排除して」
目があえば、社長はゆっくりと、そう口を開いた。
甘く響く、しかしどこか、しゃがれた声で。
「なん、て」
嫌な寒さが体中に湧き出した。
なんてことだ。死んでしまった。殺された。刈られた雑草たちのように、無情に。
「いや。
うそだ、うそに決まってる。だってここは製薬会社だもんな。そうだ、俺が気を失っている間に薬飲ませたんだよな? そしてあいつらのこと殺したんだ。
あいつらだって生きたがってた、そうじゃないはずなんかないんだ、なのに……」
そこまで口走ってハッとした。
『ここは製薬会社だ』。
俺はつい昨日までここで、楽しくハーブを育てていた。
天職だなんて思いつつ。そいつらを殺すための薬の材料となるモノを。
それだけじゃない。俺はこれまでもずっとずっと、薬を使ってやつらを殺しつづけてきた。
こんこんと咳をしている兄貴に、風邪薬を飲んだらとすすめたこともある。
走って転んですりむいたひざを、姉貴に消毒してもらったこともある。
つまりやつらが死ぬのはよしとしてきたのだ。雑草たちがかわいそう、折れた苗を助けたい、などといいながら、その一方で平然と。
なんて、酷い。なんて、不公平。なんて……
糾弾の声が響くその一方で、いや、それは仕方ないのだ。という冷静な声もした。
なぜって、そうしていかねば、人は死ぬ。
土のパワーと同じように、人のパワーにも限りがあるから。
たとえ哀れを覚えても、かかわるものを選別し、支配し利用し排除しなければ、限られた力は尽き、結局全てを失ってしまうのだ――つい先ほど、アズールとの戦いで、そうなりかけたように。
そして俺は、その声に反駁できなかった。
さっき俺が口走った『理想』は、目覚ましが鳴る前にもはや砕けていた、子供のような、感傷的な、うすっぺらい思いつきに過ぎなかったのだ。
そう、ハナからなかったのだ。そんな場所は。全てのいのちが生まれたまま、自由にともに生ききれる場所。支配も利用も排除もなしに、あるがままの生を全うできる場所なんて。
笑いがこみ上げてきた。
なにやってるんだろう。ほんとになにやってるんだ。
笑いが止まらない。おかしくてしょうがない。
なのになんでだろう。涙が出てきて、たくさん出てきて――
その苦しさは、しかしいきなりかき消えた。




