STEP8-4 真夜中の脱走劇・2
そこで再びひらめいた。
俺の力は本来『生かし、育て、力づける力』。
――だが、俺はそれを繰気法で逆転させ、植物の生育を抑制することができる。
アズールとの戦いのとき、この力はナナっちを補助魔法よろしく強化することができた。
――ならば、これを逆転させれば?
ガラスは生き物ではない、が、試してみる価値はある。というか、通用してくれ、お願いだ!
祈るように『逆転パワー』を掌に宿し、ガラスにぐっと押し当てる。
すると頑強なはずのガラスは、まるで暖められたアメ細工のように、ぐにゃりと曲がって溶け落ちた!
新技成功の喜びにひたるのももどかしく、部屋に駆け込む。
やはりバッグにサイフはあった。そのとなりに慎重にスマホを入れた。
ズボンとジャケットを身につけバッグを背負う。
愛用のスニーカーに足をしっかり押し込む。
これでよし。逃げよう!
そう思ったとき、窓の外でガコ、と音がした。
見ればベランダの天井部、非常用脱出ハッチが開けられたところ。するすると縄梯子が降りてくる。
とっさにドアストッパーを拾い上げ、廊下へのドアに身体を滑り込ませた。
外からドアにストッパーをかませ、行く先を見れば――二十メートルほど先。待っていたのは、警備の制服に身を包み、クォータースタッフを携え、硬い表情をしたシャサさんだった。
「サクっち……なにをしてるの?」
「逃げます。もうここにはいられない」
「なんで?!
あたしたち、サクっちのこと怒ってない。逃げる必要なんかないんだよ?!」
「俺が怒ってるんです!!
俺は……社長に騙された。
あいつは、全部わかった上で俺に綿毛を持ち出させ、それをエサにアズールをけしかけた。
そうして俺を、罪の意識で縛ろうとしたんだ。ここに閉じ込めてこの力を利用するために!
腹が立たないのか?! そのせいでシャサさんの仲間だって怪我してるのに!!」
「それは違う!!」
「違わない!!
どいてくださいシャサさん。俺は行きます。俺は自由になりたいんだ!!」
「もう……サクっちはいつもこう! 頭に血が上るとなにも聞けなくなる!!
いまの状態のきみを外には出せない。捕まってもらうわよ、サクっち!!」
「押しとおる!!」
シャサさんがクォータースタッフをくるり、一閃すると、熱い輝きを宿した壁が俺の前に立ちはだかった。
そいつはまるでプレスウォールのように、じわじわ、じわじわと押し寄せてくる。
「あたしのヒートフォースはアズールなんかと違う。全部正真正銘のホンモノよ。
さあ、こんがりローストされないうちに降参してっ!」
俺の横ではもう、部屋のドアが開きかけている。後ろでは分厚い防火壁が下り始めている。
「だったらひとつっきゃなかろうが!!」
俺も、シャサさんと同じ要領で腕を一閃。逆転力の大盾を作り、構えて熱壁に突っ込んだ。
強引に、申し訳ない気がしたが、シャサさんごと押し飛ばす。
「え――きゃっ?!」
きっと完全に不意をつかれたのだろう、シャサさんはクォータースタッフで受けをとりつつも、小さな悲鳴とともにしりもちをついた。
逆転力はギリギリで弱めてあったから、大きなダメージはないはず。
ぼうぜんと俺を見あげるシャサさんの脇を、詫びながら俺は駆け抜けた。
階段室を、今度は下へ。
パワー全開、立ちふさがる警備員たちをいなしてかわして下へ下へ。
あの夜、ベランダから部屋に入ろうとして捕まった俺を、暖かく見ていた人がいた。
特訓の指導をしてくれた人もいた。
なんで、何でこんなことになったのだろう。
「サクっち!!」
一階正面エントランス前では、自称事務系専門のイサまでがたちふさがった。
大きく腕を広げ、泣きそうな顔で呼びかけてくる。
「頼む、やめてくれ!! どうしてこんなことしてるんだよ!!
誰もお前に悪いことしない。危害を加えたりしたりしないから!!」
「危害だったら充分加わった!! アズールと戦う羽目になったことで!!
わざと俺をそんな目にあわせた社長をもう信用できないんだ!!」
いつも明るいイサにこんな顔をさせてしまっていることに、もちろん胸は痛んだ。
けれど、俺はもう戻れない。
やるせない思いで、それでもイサの腕をかいくぐった。やつを振りきり断ち切るように、俺の後ろに防壁を作った。そうしてそのまま、エントランスへ飛び込んだ。
巨大な無人の空間をまっすぐ突っ切り、正面入り口へ。
そこには窓ガラスや防火壁など比較にならぬほど分厚い扉が、固く、堅く閉ざされていた。
確かに手間はかかりそうだ。が、ぶち破らなければ先はない。
よし、やろう。大きく息を吸って――
「そこまでだ」
そのとき、俺は止まってしまった。
ただ、ひとつの声だけで。
そこには、社長がいた。
俺の後ろから静かな、静かな足取りで近づいてきた。




