STEP8-2 うそつき
ベッドの上ではナナっちが、緊張した面持ちで身を起こしている。
身につけているのは俺と同じ、淡いブルーの入院着、だけ。
包帯なんかはしていない。多分誰かが回復をかけてくれたのだろう。
ロク兄さんは丁重に俺を招き入れると、ベッドサイドの椅子をすすめてくれた。
「お茶はいかがでしょうか。夜中なのでほうじ茶でも……」
「あっ、いえっ。そんな、お気を使われずっ……」
なんだろう。執事喫茶とかってこんな感じなのか。折り目正しいスーツメンの紳士的な対応、至れりつくせりと感じさせるおもてなしに、俺はなんだか照れくさくなってしまった。
「えー。えっとっ。
俺、ただナナっちが……あっと奈々緒君が大丈夫かなって見にきただけなんでっ。
アズールってやつに、かなりやられてたし……」
そういうとロク兄さんは、そしてナナっちは、大きく目を見開いて俺を見た。
「……えっと、なにか」
「許してくださるのですか、我々を。
あの夜わたしは同僚を……アズールを制しきれずにバス事故を起こさせ。
奴の差し金で潜んでいた部下に、あなたを刺させてしまった。
しかもそのことを、今までお詫びもできず。
さらに先ほどは、弟が大変なご迷惑を……」
すごく、ものすごく、済まなそうな二人。だが、俺はそんなふうには思ってない。
「め、迷惑なんてとんでもない!
ナナっちは俺を守ろうとしてくれましたよ、できる全力で!
ナナっちはあいつから、ユキシロのみんなも守ろうとしてくれていた。
そしてあなたも、七瀬にいた時からあいつの凶行を最低限にしようって頑張ってくれてた。
俺は今日まであの夜の記憶がとんでいた、だから謝りようもなかった。そうなんですよね?
だったらぜんぜん、すまないことなんかないです。
だからそんな、申し訳なさそうな顔しないでください」
「サクやん……!」
「此花さん!
ありがとうございます……!!」
「ちょ、いや、い、いいですって! どうか頭上げてくださいっ、お願いですから!」
それを伝えるとしかし、二人は逆にそろって頭を下げてきた。しまった、逆効果だったか。
頭を上げてくださいとあわててお願いすると、二人はやっと笑顔を見せてくれた。
「……ありがとうございます。
本当にあなたは、頭脳明晰で、心の優しいお方なのですね。
奈々緒や、ゆきさんや……社長のおっしゃっていたとおりだ」
「あ、いえ……俺、まんまと騙されましたし……あはは……」
うん、いま俺確実に社内の全員から馬鹿野郎って思われてる。その自信だけはある。
「相手が悪すぎたのですよ。あの男は、もともと精神系のエキスパートです。
あのときあなた方を攻撃した炎も、炎に幻惑を重ねがけし、さらに相手の恐怖心も燃料として、精神面からダメージを増幅しているのが実態ですから……」
「ああ!
それでいくつか納得しました。
あいつさっきとくとくと、読心機能をのっけたアプリだどーだふっふーん、とか言ってきたんですよ。あのときは『こいつ炎使いなのになに言ってんだ』って思ってたけど、ふつうにもう一個属性持ってたわけなんですね!」
高速バス襲撃事件で、さっきみたいに炎をぶっ放さずに、無人ダンプだの医者のふりだの回りくどい手をとっていたのも、そういうことなら不自然じゃない。
あのときそこには社長がいた。つまり一撃でダンプをふっ飛ばし、ちょっと余所見をした刃物男を真正面から蹴り飛ばす『神の子』。それを相手に、恐怖を燃料にした炎など使おうとしたら、逆に鎮火されてしまうのだろう。
ロク兄さんは、まったくそのとおりですと大きくうなずいてくれた。
「あの男では社長の足元にも及びません。いえ、むしろ比較を試みることすら失礼といえましょう。
それでも、あいつは七瀬のエージェント随一の凄腕です。
七瀬側に情報をリークしろと社長がご命令されたときには一体どうなることかと思いましたが、結局それでも真正面から撃退してしまわれるとは。さすがはユキシロです」
「……え?」
あれ? 今俺、とんでもないこと聞いたような気がするんだけど。
「ええっと、今のは、どういう……」
「はい。社長は、アズールが高速バス事件であなた方を拉致するのに失敗したのち、早晩次の手を打ってくることを見越しておいででした。
そんなとき、あなたが急に不思議なほど張り切り始めた。
それを見た社長は、もしあなたがなにか機密を持ち出すようなことがあれば、七瀬側にリークせよと、わたしにお命じになったのです。
わたしは、いまさらあなたさまを裏切るような真似はしたくないと申し上げたのですが、お前だから七瀬を信用させることができる。奴にあえて次の手を打たせ、そのたくらみを潰すためにも協力してくれと……。
まさかアズールがあそこまで卑怯な手を用いていたと、そしてあそこまで力を秘めていたとは露知らず、今夜のわたしは生きた心地がしませんでした。
それでも見事に策は的中した。ユキシロへの爆破テロは未然に防がれた。
メイ社長は本当に、本当にすごいお方です。
もしもわたしが本当はスパイで、七瀬のものとして情報を送ったのだとしても、そのご命令がある以上、わたしの行動はあの方の意に沿ったものとなってしまう。あの方の意志で情報を流し、七瀬を翻弄したことになってしまう。それは七瀬への裏切り。もはや戻れるわけもない。
さすがは神の子サクレア様のご転生。わたしにはもう、裏切ることさえ許されていないのです……」
「ごめんサクやん。兄貴メイちゃんのこととなるとすっかりこうでさ。
こっそり帰っちゃっていいよマジ」
ロク兄さんは潤んだ瞳で虚空を見つめ、熱っぽく目を伏せてため息をつく。
アニメとかならバックに真っ赤なバラの花が散ってておかしくないレベルだ。
みかねたナナっちがこそっと耳打ちしてくれたけど、俺はもうそれどころではなかった。
「つまり社長は、全部わかった上で俺に綿毛を持ち出させ、それをエサにアズールをけしかけた、と……?」
「あっ、いえっ! 社長はあくまでアズールの行動を喚起するのが目的で、もしもあなたが……此花さん?」
なんてことだ。なんてことだ。
なんてことだなんてことだなんてことだなんて!!
あの時アズールが言っていた、本当の敵とは社長のことだった。
社長は俺をハメて、罪の意識で縛りつけ、手元で飼い殺しにするつもりだったのだ!!
ファームに閉じ込められたハーブのように。唯聖殿にとらわれた神の子のように。
サクはやさしいいい奴だった。なのに、なのになんでこうなった!!
とにかくここにはいられない。逃げよう。どこへ? わからない。
実家? 鈴森荘? だめだ、巻き込めない。アズールのもとへ? 信用できない。
ただまずこの格好ではどうにもならない。最低でもまともな靴とサイフはいる。そして、スマホ。置いていったらきっと秘密が暴かれてしまう。
それらはどこにある? 俺の部屋だ。
なぜってそこにあるものは謹慎の三日間ですべて改められる予定。わざわざ倉庫を用意して運び込むより、そこ自体を倉庫にすればいいからだ。
行こう。行って、取ってきて、逃げよう。ここから、永久に。




