STEP8-1 ~Cats in the cage~
目を開けると、白い光が飛び込んできた。
白の天井――蛍光灯――そして、俺を見下ろす誰か。
「気がついたか、此花咲也」
サク、いや、社長だった。
夜中というのにビシッとスキのないスーツ姿。そしていままでみたことないような、怖い、怖い顔をしている。
跳ね起きていた全力で。確かめずにはいられない。
「スノーは?! ナナっちは?!
それに、警備の人たち……あと、あいつ……アズールは……」
「警備の者たちは通常病棟に。七瀬奈々緒は隣の部屋だ。いずれも命に別状はない。
あの外道には逃げられた。現在捜索中だ」
社長はてきぱきとそれだけ言うと、サイドテーブルからリモコンを手に取る。左手でテレビに向け、赤のボタンを押せば、しばらくの沈黙の後、画像と音声があらわれた。
見覚えのある女性キャスターが、マイクを手にしてしゃべってる。
『繰り返します。今夜十二時すぎ、○○駅そばのNKC運動公園で、植えてあった樹木と、そばにあったベンチなどが燃える火事がありました。
炎は大きな火柱となって……』
闇と光のまだらの中には、立ち入り禁止の黄色いテープ、オレンジや紺色の制服を着た男たち、何台もの消防車、撒き散らされた白い泡、そして。
「………………!!」
大量の、黒い炭。
俺にはわかった。それは完全に焼け落ちてしまった、スノーフレークスの姿だと。
「ネット上ではすでに話題になっている。モンスタープラント発生か、と。
あの木は急激に伸び上がりながら燃えていた、それを偶然目撃した……という数件の投稿から拡散したようだ。
もっとも専門家の見解は、植物が推定秒速数十メートルの速度で成長することは生物学的に言って不可能である、空高く上った火柱の見間違いだということで一致している」
――ああ、あんな、変わり果てた姿に。
白く着飾った可憐な少女が。俺の愛しい、雪の天使が。
伐られ、焼かれ、モンスタープラントなどと呼ばれて。
また、繰り返してしまった。あのとき彼女はいいと言ったにしても、けして望んではいなかったはずの、あの惨劇を。
目の前が熱く曇って画面が見えない。
ああ、もう。ああ、もう。
このまま俺も消えてしまえたら。そうだ。あのときも俺が、あのときも……
「涙を拭け。ちゃんと見ろ。これが、お前のしたことだ。
男なら向き合い、前向きに責任を取れ」
そのとき、よく響く声が俺を引き戻した。社長だ。
口調は静かだが、そのぶんずしりとくる重み。
「火をつけたのはアズールだ。
しかし、そもそもお前が綿毛を持ち出さなければこのようなことにはならなかった」
「で、……も、……!!」
「どうした」
俺は思わず言いかけた。そうしなければ彼女は、夢半ばにして命を失っていたのだと。
社長が俺の目を覗き込んでくる。思わず全て、言ってしまいそうになった。
あのとき、夕日ですっかりあまなつ色の目が、俺を覗き込んだときのように。
おもわず顔を伏せ、視線をそらす。
「……いえ。
俺が……おかしかったんです。全部、俺が……
俺が勝手に、スノーフレークスに虚像を重ねて、惚れ込んで……暴走した。
それだけなんです」
そうだ。あんなひどい目に合わせて。
必死に秘密にしていた力まで暴かせてしまったら……
俺はもはや、スノーにあわせる顔がない。
そんなくらいなら。
「……本当にそうか」
「本当です!!」
「ならば、お前のスマートフォン。データサルベージを行っても構わんな」
「やめてくれっ!!
なんでも、するから。どんなことでもするから。それは、それだけは許してくれ!!」
俺は必死に頭を下げた。ベッドから降りて土下座をしようとすると止められたので、そのままベッドの上で頭を下げた。
「……此花特殊技官」
沈黙の後に降ってきた、その呼びかけに俺はハッとした。
こういうとき、いつも社長は此花『部長』と言っていたはず。つまり、これは。
「療養を兼ね、三日間の謹慎を命じる。
ならびにお前の、ファーム部門の長としての職を解き、CEO直属の秘書官兼特務技官とする。
以降、達しのあるまでファームエリアほか、業務に関係する施設への入場時、および本社敷地外への出場時には、必ず役職者を同伴するものとする。
まあ、仕事中は基本的にわたしと帯同してもらうことになるのだが。いいな」
「それは……!」
俺は混乱した。社会人経験貧弱な俺でもわかる、温情にもほどがあるレベルの温情だ。
実質、社長に四六時中見張られてる状態なのはおくとして――
だが、それは、とりもなおさず。
「スノーフレークスと、……ふたりで話す、ことは……」
「お前に『天才』の力がなければ、懲戒免職および刑事告訴は免れなかったぞ」
「……はい」
まったく、全くそのとおりだ。
俺の愚行で、一体何人がケガをしただろう。どれほど損害を与えたろう。
そして、どれだけ心配をかけただろう?
その重い事実の前に、俺のわがままなぞ、沈黙する以外道はない。
その後さらに伝えられた待遇の厳しさに、俺は圧倒される思いがした。
壊れてしまったスマホのかわりに、社で用意したやつがもらえるそうだが……
これと、PCの中身は全てチェックされ、以降の操作等も全て社側に筒抜けとなる。
さらに謹慎中に部屋も私物もロッカーなども、全て、調べられるのだという。
俺が必死で懇願した、壊れたスマホの中身以外は、全て。
まるで犯罪者。いや、実際犯罪者なのだ。
暮らしのつても失わず、対外的な地位も失墜することなく、最後の最後の秘密だけは暴かずに置いてもらえるだけ、ずっとずうっとマシなのだ。
ここから俺は、再び社長やみんなの信用を得、スノーフレークスの夢をつながなければならない。
まさしく、マイナスからのスタートだ。
そのことを俺は、改めて痛感していた。
「……以上だ。
これから三日間、頭を冷やしてしっかりと休め。
それと、これは渡しておこう」
そうして、どれほどうつむいていた頃か。
ことん、という音に目を上げれば、見覚えのある綿毛がひとつ!
もちろんむき出しではない。プラスチックのふたをした、小さな小瓶に入っている。
ありがたくも、小瓶の首にはネックストラップ。これならなくす心配もない。
「お前の着衣に挟まっていたものだ。
スノーフレークスは己の意志で、己を焼き尽くしたのかもしれんな。
そして、次の世代をお前に託した。……
交雑などの可能性を考慮し、通常の製薬ファームに入れてやることはできないが、間違ってもまたつまらんことは考えるな。
……それでは」
最後にしっかり釘を刺し、社長は病室を出て行った。
その右手の甲には、またしてもシップが。
まただ。またしても俺のせいで、怪我をしたのだ。
せめて回復を、と出かけた声を背中で制し、社長は病室を出て行った。
「……いつものチョップ、なかったな」
つぶやく声がむなしく響く。
もう、あんな日々は戻ってこないのかもしれない。
俺はたったひとつ残された、綿毛の小瓶をぎゅっと抱きしめていた。
そうだ、ナナっち。ナナっちに会いたい。
いまどうしてるだろうか。眠っているならそれでもいい。
さいわい、誰かが回復してくれたらしく、身体はどこも痛くない。
小瓶を大切に首に提げ、スリッパに足を突っ込むと、俺は静かに病室を出た。
* * * * *
果たして隣の病室には、『三島』のネームプレートがかかっていた。
そして、ドアにはめられたすりガラスは、室内からの光をすかしている。
よし。俺はドアをノックした。
「ナナっち、起きてる? 俺だけど……」
と、なにやら室内から慌てたような雰囲気が伝わってきた。
ナナっちの声と、どこか聞き覚えのある男性の声が一言二言やり取りをするのがうっすら聞こえた。
それが途切れれば、静けさがぴんと張り詰める。
すりガラスに映る黒っぽい塊が、するとどんどん大きくなってきて……
「お入りください、此花さん」
ぐっ、とドアが横にすべれば、そこにはビシッと頭を下げた黒髪の男性。
一部をおろしたオールバック、これまた黒の“普通じゃない”スーツ。
ナナっちの髪を黒く染めて、十年くらい修羅場をくぐらせればこうなるかもしれない。
端正な顔の中、瞳の色は青緑に変わっていたが、すぐにわかった。
「ロク兄、さん……ですよね?」
「はい」




