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STEP1-2 ~答えは『ニャ。』(鈴森ミーコさん・三毛♀七ヶ月)~

2020.06.02

俺の親友の→俺の子供の頃の親友の

ご質問ありがとうございます!

サクとナナっちと両方親友で紛らわしくなりますため、加筆いたしました!

『ご家族のお計らいで』『わが社のファーム長として』『就任』?

 まるで、俺が就職できたみたいな言い草じゃないか。

 それも、コネでどこぞの役付きとして。

 ぽかんとしていると、奴は言葉を重ねた。


「お前には他にない才能がある。

 小学校時代育てたアサガオは、まるで別種の植物ではないかという程に繁茂した。

 水栽培のヒヤシンス、学級花壇のひまわり。近所の畑の作物に……」

「ついでに雑草もな。」俺はスマホを受け取り、とりあえずベッドに腰を下ろした。

「だったら聞いてないか。俺が、うんざりするほど繁茂しやがる雑草との戦いに辟易して、実家をおん出てこの町にいるってこと」


 このところ邪魔になってきた黒の前髪を軽くかきあげ、さくさくとメールを打つ。相手は姉貴。一番レスが早いからだ。この時間ならまだ家にいるはずだし――

 はたして返事はすぐさまかえってきた。


『ごめん、今俺がなんか会社の重役になったとか言われてんだけどマジ?』

『マジよ(笑)就職おめでとう!いとしのサクちゃんによろしくね(はぁと)』

「…………おいこら人妻。」


 が、その文面に俺はあきれ返った。

 いや、これは旦那も承知だろうが。

 姉貴は昔から、サク……俺の子供の頃の親友の大ファンだった。

『あんなやんちゃできゅーとな弟ほしいわ~』が小さい頃から口癖だった。

 だが急に、なんだってサクなんだろう。あいつとはここ数年、連絡すらしていないのに。


 まあ、それはおいとこう。大事なのは前半部分だ。

 姉貴は、弟の俺が言うのもなんだが、ちょっとだけアホだ。

 でも、そのせいか、嘘をつくことはないといっていい。

 と、いうことは……


「ほんとなん?」

「ああ。

 酒のせいですっぱり忘れているようだが、この件はお前も同意していたぞ。

 わが社のファームは全て、クリーンルーム内で運営される完全管理タイプだ。

 空気の清浄化は完璧だからシックハウス症候群など起きはしないし、もちろん雑草だって生えてこない」

「えっ」


 耳を疑った。

 それは、夢のような職場環境。


 俺は高校三年の夏に、重度のシックハウス症候群を発症した。

 その時の経験がトラウマとなったのだろう、今でも、閉め切った場所では気分が悪くなる。

 当然、室内のオフィスでする仕事もほぼ無理ゲー。大学進学など夢のまた夢。

 しかしながら、野外作業には雑草とりがつきものだが、そっちもNG。

 そんな、めんどくさい野郎にマッチングする求人なんか、隙間風の入る小さな下町工場の、コンベア作業のバイトぐらい……


「ぎゃあああああ!!」


 そう、ただいま全俺が絶賛大遅刻ぶっこいてる、この繁忙期なつ限定の!!

 そうなのだ。そもそもの問題はそれなのだ。やっと原点に立ち戻り、俺はとりあえず服を探し始めた。ない。ない。ベッドの上にもしたにも右にも。


「それどころじゃねーよいま俺!! バイト!! ああああどこだよ俺の服ー!!」

「そのことなら問題ない。バイト先との話はつけてきた」

「へっ!!」


 思わず、探す手が止まった。

 振り返れば、奴は大真面目な顔でこちらを見ている。


「もちろん、大家様ともな。

 信じられないなら話をして確かめるがいい」

「お玉さん、と……?」


 その名が口からこぼれると、厳しくも優しい、愛すべきくしゃ顔が目に浮かんだ。

 そうだ、お玉さんなら。先の見えない哀れな若者をハメる悪だくみなど、関係者全員叩きのめしてでもぶっ潰すはず。

 逆にお玉さんが信用しているならば、俺もこいつを信用していい。

 そうと決めたら速攻だ。俺は立ち上がり、ドアへと向かう。


「よし、行こう」

「待て!」だが、我が家への帰還を提案した当のそいつは、鋭く俺を制止する。

「何だよ。やっぱりうそでしたとか」

「違う」

「なんだよ。俺の服になんかついてるか?」


 奴は、なんともいえない表情で俺を指差していた。

 場所としては、胸の辺り。左の人差し指が示すところを見れば、白い輝き。

 触れてみればまっ白い布。指に心地よいサラサラのさわりごこち。

 それはたっぷりとした仕立ての着衣となって、俺の全身を包んで……


 結論から言おう。俺は着替えることを忘れ去っていた。


 * * * * *


 いつものジーンズにカーキのTシャツ、黒の3WAYバッグをひっかけて。

 コンビニのお茶とホットドッグと、スーツ姿のイケメンをおともに。

 電車で二駅、バスでひと駅。

 下町風景の中を十分歩くとようやく、築五十三年の木造ボロアパートが姿を現した。

 そのどまんまえには、どん、とお玉さんが仁王立ちしていて。

 俺はなぜだか泣きそうになった。


 背丈は俺の胸ほどの、ちっちゃなしわくちゃのおばあさん。

 けれど薙刀で鍛えた腕っ節は今もって町内最強。

 そしてその心根は、誰より熱くて優しい。

 この人、鈴森玉すずもりたまさんは、いくあてをなくした俺たちを拾ってくれた命の恩人。この町で誰より信頼している、俺の『いまひとりのばあちゃん』だ。

 俺を見るなりお玉さんは駆け寄ってきた。そして力いっぱいのハグをくれる(ちょい痛い)。


「サク坊!!

 よかったよこの子は。まったく心配ばっかりさせて!」

「むぎゅ!」

「さ、あがんな。イワさんもね」


 そう呼ばれると、もと白衣いまスーツの奴ははい、と素直に一礼。

 なんだろう、みためハーフっぽいのに、この和の風情ただよう呼び名は。

 いや、もしかしてイワンコフとかイバノビッチとか、そういうあれの略称か。

 あれ? そう言えば、まだこの男の名を聞いてなかったかもしれない。つか、会社名はなんだっけ。


「あのさ。あんただれ?」


 振り返った奴は、黙って俺にチョップをよこした。



 聞いたところによれば、奴は『ユキシロ製薬』という会社の社長だという。

 そういえばそんな会社名、ニュースで聞いたような聞かないような。

 しかし、奴の名前は教えてもらえなかった。

 思い出せ、の四文字ぴしゃり、で。

 悪いことにお玉さんまで奴に協力して教えてくれない。


 まあ確かにおかしいんだが。飲みすぎて完全に記憶とばしてベッドのうえとか、いまどきラノベでもないだろう。つか俺はそこまで飲まない。

 そもそも、こいつと出会って飲んでシゴトの話になって、とかの記憶どこ行った。ナナっちといっしょに飲んでるときに乱入してきたのか。

 そして、なんで俺んちでも病室でもなくあの部屋に。家族やお玉さん、バイト先に連絡したのはいつだれが、どうやって?


 なにもかもがゼロ回答。

 ナナっちはいまシフト真っ最中、姉貴ももうパートの時間だからとりあえず答えは期待できない。奴もお玉さんもなぜかかたくなに口を開いてはくれない。

 まさか、酒の勢いでなんらかの過ちでも犯したのか。いやそれは考えられない。だいたいこの男、間違ってそんなことになったら切腹するタイプの顔してるし。

 かといっていくら記憶を探ってみてもこたえはない。

 仕方なく俺は、丁度やってきた三毛猫(生後七ヶ月♀)、その名もミーコに助けを求めた。


「なあミーコ、なんとか言ってくれよ~」

「ニャ。」すると薄情にもミーコは俺をスルーし、奴にスリスリしはじめた!

「ああっ! あの日お前をたすけたの俺なのに! なんで出会ったばかりのそいつにいくの?! これが顔面格差ってやつ?! ひどーい!!」

「人徳だろう。」


 奴はミーコのあごのしたをかきながら言い放った。

 1ミリたりもこちらは見ずに。あまーい笑顔をミーコにむけて。

 くそう、おまえなんかスーツ猫毛まみれになっちまえ。

 思わず呟くとお玉さんまでが、持ってきたころころ粘着テープでツッコミをくれた。


「そもそもあれからミーコを育ててきたのはあたしだろ。

 まあ、あんたもあたしにとっちゃ、孫みたいなもんだけどね」

「うぐぅ」


 そういわれると黙るほかない。俺はいたしかたなく、卓上の麦茶をあおる。

 しかし、冷えたコップをちゃぶ台に置けば、後ろから声がかけられる。


「……で、どうなんだ?」

「え?」

「信じるか、わたしの話を?」


 振り向けば奴が、じっと俺を見ていた。

 長いまつげの影を落とした、深緑色の双眸で。

 今までにないほど、真剣なまなざしで。


 いろいろと疑問はわいてきてるが、まずは原点に立ち戻ろう。

 お玉さんの様子からして、確かに奴は信用されてる。

 さらにいうなら、ミーコも奴になついてる。

 これを目の当たりにして、俺に信じないなどという選択肢があるだろうか。

 まあ、たしかにいろいろ、疑問点はあるんだけれど……

 こういうことには勢いも大事だ!

 俺は奴、あらため社長に向き直り、座りなおして背筋を伸ばす。


「わかった、信じる。――これから、よろしく頼む!!」

「こらサク坊。こんなときぐらい敬語をお使い」

「ああ、それはいいです。うちはそういう所じゃないですし、今更むずがゆいですから」

「じゃあ、なんて呼んだらいいの?」

「その手にはひっかからないからな。」


 顔を上げても、こんどはチョップはなかった。

 そのかわり社長の腕の中から、ミーコがぺしっと、ねこパンチをくださった。

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