STEP7-2 ホット・コールド・リーディング~此花咲也の“尋問”
不意に頭の中でバチンと音がした。
抜け落ちていたピースがはまった、そんな気がした。
俺はこれと、同じものを見ている。記憶から消えていた、あの夜に。
つまりは、そういうことなのだ。
奴らが俺たちに、牙をむいているのだ。朱鳥で一番怖いといわれる、七瀬ファミリーが。
暴力なんか大っ嫌いな、誰より優しい末っ子まで――ただただ、静かに平和に暮らしていたかったはずの、ナナっちまで巻き込んで!
俺は叫ばずにいられなかった。
「なんでだよ。なんだってナナっちが巻き込まれるんだ!
やっと、家から出れて……七瀬を離れて普通の男として暮らしてたのに!」
「俺は、七瀬の七番目だから。『力』が、あるから……
兄弟で一番強かったロクにいが捕まったら、もう、俺しか!!
俺しか抑えられる可能性のあるやつはいないんだ。
あの男を。人間とはとても思えない、あいつを……」
「あいつ?」
それは何者だ。その質問に、ナナっちは答えない。否、答えられないのだろう。
怯え、焦った早口で、俺への要求を繰り返す。
「十二時三十分。それがリミットだ。
それまでに俺がお前を連れて行けなければ、……大変なことになる。
だから……」
「ナナっち。
その内容をお前が言ったら、そいつはそれを実行するんだな?」
こくり、とナナっちはうなずいた。
「ただ。力ずくで吐かされたら、そのときは仕方ない、勘弁してやる、て……
あいつが見てる、手は抜けない。頼む」
ナナっちの震える瞳が、すがるように俺を見上げた。
もちろん、否やはないが――猛然と腹が立ってきた。
“あいつ”は、俺とナナっち、親友どうしが必死こいて戦うところを……
下手したら、ナナっちが殴られながら尋問される様を、高みの見物で鑑賞しようというのか。
「……そいつ、お前の部下なのか? 上司なのか?」
「部下って言うか、上司って言うか……」
「よしわかった。
――おい聞いてるかクズ野郎。
ここでてめえが何もせず、七瀬の若が肉体的、もしくは精神的にボコり倒されたら。
上司もしくは部下を見捨てたてめえは信義違反の腰抜けだな!!
それでいいならそっから見てろ!! いくぞナナっち!!」
「ごめんっ、サクやん!!」
俺は周囲の闇に向け、啖呵をきった。
スマホを慎重にベンチに置き、綿毛の小瓶をポケットに。
最後にカギを地面に叩きつけ、地を蹴った。
もう気づいていた。ナナっちの瞳の色が変わっている。
透明感のあるブラウンから、綺麗な、清流のブルーへ。
前に二度だけ見たことある、ナナっちのお兄さんと同じ色だ。
ロクにい、と呼ばれていたその男性は、お兄さんというよりお父さんのように優しい目をして、暖かくナナっちに話しかけていた。
あれから数年経って、その人の目つきは別人のように鋭さを増していた。けれど、今ならわかる、あれがその人だったのだと。
直感だが、その人の生死も、いま奴に握られているのだ。
ならば。
そこまでの卑怯をやらかすのなら。
全部暴いてやる。俺たちで全部、止めてやる。
てめえの、描いてなかった筋書きで。
ナナっちの勇気と――かつてナナっちが信じ、守ってくれた俺の“力”で!
走りながら全身に気をまとい、『構え』を構築した。
シャサさんから教わった、高速回復前提の格闘術の基本形だ。
癒しの力をまとった俺の全身は淡い緑に輝き、ハイパー・モードとなる。
すなわち、ちょっとやそっとのダメージは受けつけず、人体の限界をこえる攻撃を繰り出してもだいたい何とかなる、という状態に。
見た目はちょっぴり、どこぞの戦闘民族っぽくもある。俺が小学生だったら、狂喜乱舞していたに違いない。
ナナっちはタイミングを合わせ、俺の首筋へと手刀を放つ。
ちりちりとした冷気をまとったそれを、セオリーどおりに俺がいなす。
下から前腕をはじいてそらし、開いた胴に向けてパンチ。
するとナナっちは、逆の手から大量の水を噴射、己が身を後ろに飛ばしてかわす。
そうして、今一度距離が開いたところで、俺は“攻撃”を開始した。
精一杯のでかい声で。この近くにもし誰かがいたら、確実に聞こえるような、そんな声で。
「ナナっち。俺にとって『これ』はただのパフォーマンスだ。
俺はあくまで、知恵という“力”でお前に“白状”させるからな。
ひとつ。奴はこの近くから俺たちの様子を見ている。そうだな?
ああ、答えなくっていいぜ。
俺たちは心通じた親友だ。隠してたって目でわかる!」
ナナっちが、頼む、と打ち込んでくる。
「続けようか。
奴の命令は俺を『連れてくる』こと。そして下手人が親友のお前。
つまりデッドオアアライブじゃない、オンリーアライブだ。
と、いうことは奴の凶行は『このままならば俺を巻き込まない場所』で実行される。
そうだな?」
今度は浅く食らってしまった。構わない。こちらも軽くジャブを当て、再び距離が開く。
「では、奴の『目的』についてだ。
俺をお前に、生かしたまま連れて行かせる。ということはつまり、『俺を』人質として使うということだ。
誰に対しての? 考えられるのはユキシロ製薬だ。
要求は機密情報か? 違うな。
ユキシロの製薬レシピ、技術、ノウハウやデータは魅力だ。が、そんなあとくされのある、毒の仕込みやすいシロモノ、こんな形で要求する馬鹿もいない。
では多額の身代金? それともそれによって経営的ダメージを与えること?
後者も確実に違うだろうな。
ユキシロ製薬は億単位ならキャッシュで出せる。従業員の公募もしていない株式の公開もない、扱う商品はオンリーワンぞろい。
いっそテロでもしかけない限り、経営的ダメージを与えることは“無理ゲー”だ」
続けざまに応酬を重ねつつ、俺は言葉を連ねていく。確認していく。
ナナっちの、澄んだ瞳の反応から、ことの全容を削りだすように。
「では、単に金目当てか? それも違うな。
俺は、『愚直に金を積んででも買い戻したいような稼ぎ頭』じゃない。
つまり奴は、ユキシロから機密や金以外の何かを引き出すのが目的。そのためにもっとも都合のいい人間が、もっとも動揺するだろう人材として『俺』を『選んだ』ということになる」
少しだけ嘘をついた。今の俺は特殊技官。それも異能の力を用いて植物の成長をコントロールできるトンデモ男だ。
だが、それは対外的には秘密。ナナっちの“上司”が知っているはずもない。それをここで愚直にしゃべり倒すほど、俺は阿呆ではないのだ。
「入社一ヵ月に満たない末端、人脈とて貧弱なはずの人間がさらわれ、最も動揺するのは誰だ?
気安くなりはじめた『友人』。接触の多い『指導役』。コネ入社を実現させた『縁者』。
それら全部に該当するのが一人いる。メイ社長だ。
奴は俺を社長への人質にしようとしている。
では、社長をゆさぶり奴は、何を要求しようとしている?」
俺はひとつ息を吸い込んで、決定的なワードを吐いた。
「――『神の子』の力だ」
そう、俺はもう、ぜんぶ思い出していた。
あの夜あったこと。俺が忘れていたこと。その、全てを。




