STEP6-3 ~プロジェクト『天才逆転計画』!~2
気がつくと、すぐ目の前。心配でいっぱいのシャサさんの顔があった。
ぱちり、目が合えばそれは、泣き出しそうな笑顔になった。
「サクっち!! よかったぁ……
動いちゃダメだよ、点滴してるから。
落ちきるまでは安静にして、って……」
少し、めまいがするので、ゆっくりと目をめぐらせた。
するとシャサさんの言うとおり、右腕に点滴が刺さってるのが見えた。
注射は大の苦手だ。あわてて目をそらす。
あたりは、見覚えのあるようなないような、あわい茜色。
俺は腹にタオルケットをかけられ、ベッドに横たえられている。
そしてその俺をシャサさんが、ベッドサイドの椅子から身を乗り出して覗き込んでいる……という状態らしい。
「ここ……医務室? 俺……」
「倒れたんだよ。立ったまんま、横向きに。
軽い、過労だって。……
ごめんねサクっち。あたしが、ついていながら」
「ちがっ! シャサさんの、せいじゃないです!
俺が、勝手に無茶したから……」
ふいにシャサさんが立ち上がり、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
思わず跳ね起きようとする俺をそっと抑えて、首を振る。
「いいんだよ。誰だって失敗する。あたしだってもっともっと酷い失敗いっぱいした。
そのたび、しゃちょーやみんなに助けてもらった。お互い様だよ。
……でもさ。なんでそんなにがんばるの?
やっぱり好きな子、できたの……?」
いつしかシャサさんの瞳が、まっすぐに俺の目だけを見つめていた。
翠玉色の双眸は、窓からの夕日を透かしてレモン色。
それが、じっと。かすかな震えさえ見て取れるほどに、じっと。
すこし、迷った。
でも、この目の前で、嘘はつきたくない。
「はい。
いまは、事情があって逢えないけど……
このプロジェクトが形になったら、デートしようって。そう、約束してるんです」
すると、すとん。
シャサさんは、ベッドサイドの椅子に腰を落とした。
「そっ、か。
あっはは、ふられちゃったなーシャサさん。
冗談よ? 冗談だからね?」
「……はい」
そして頭をかきながら笑顔で、冗談よと繰り返す。
だから俺は、素直にうなずいた。
シャサさんは椅子に。俺はベッドに。
そうして、時計の針の音が、いくつ聞こえた頃だろうか。
シャサさんが語りだした。どこか遠く、とても優しい目をして。
「ひとつ、昔話をしてあげる。
あたしね。昔、大事な人がいたの。
でも、ある日警護に失敗して――酷い目にあわせてしまった。
そのあとなんとか助け出すことができたんだけど。
悔しくて。すごく、悔しくて。
二度と不覚は取るもんかって、死ぬほど修行したの。
そしたら、身体壊しちゃって……
ある日ついに、こんな風に、倒れてね。
枕元であのひと、泣いてた。
『僕がひどい目にあうことなんかいい。きみたちがつらい思いするほうが、ずっとつらいよ』
……ってね。
後悔したわ。敵に不覚を取ったことなんかより、ずっとずっと」
なぜか、ありありと目に浮かんだ。
このベッドに俺じゃなくて、シャサさんが横たわっている姿が。
俺はベッドサイドの椅子から身を乗り出して、それを見守っているのだ。
シャサさんのまぶたが上がり、きれいな翠玉色がのぞいた瞬間、ぶわっとなにかがこみあげてきて……
「サクっちの好きな人もさ、この姿見たらきっと泣いちゃうぞ?
だから、こんな無茶はだめ。そのくらいなら、もっとお姉さんたちを頼って。
言えない事情があるなら、そこのとこはないしょでもいいから。ね?」
思わず右腕で目元を拭けば、シャサさんの目にも一粒、光るものが見えた。
後悔した。
俺が『好き』なのはただひとり、『スノー』だけだ。
それでも、このひとたちも、大切な大切な存在なのだ。
このひとたちはもう“仲間”じゃない。
出会って一月にも満たないけれど。
“同志”というのも遠すぎる。
不思議だけれど。
いうなれば、そう――家族。その言葉だけが、しっくりとくる。
俺は心を決めた。このひとたちに、『スノー』のことをぜんぶ話そう。
このひとたちなら、心から信じられるから。
もちろん『スノー』が承諾してくれるならだけど。
ありがとう。そう告げると、シャサさんはうれしそうに笑ってくれた。
そのとき、がたり。医務室のドアが音を立てる。
みればわずかに開いた隙間には、イサにルナさん、社長にゆきさんをはじめとした皆の顔が!!
「…………………………ニャ――!!」
しばらくの沈黙ののち、顔中ぶわっと夕日色になったシャサさんが、ぶんぶん両手をふって叫びだした。
* * * * *
そんなこんなもあったりしたが、その日はついにやってきた。
火、水、木と特訓と予備試験を重ね、金曜日。
ついに俺は、スノーフレークスとの直接再会にこぎつけたのだ!!
『特設ファーム、アウターゲート開けます』
各種バイタルセンサーつき、パワーアップしたカリフラワー姿に身を包んだ俺は、特設実験ファームの外陣に足を踏みいれた。
背後で静かに扉が閉まる。
風も通さぬ高度の閉鎖空間。――でも、こわくなどない。
だってもう、これから開くガラス戸の向こう、愛しい姿が透けている。
そして背後と周りには、信頼する皆の姿が。
これから、俺は本試験に臨む。
こいつにパスすれば、次の段階への扉が開くのだ。
扉の向こうの特設ファーム内には、つぼみを持ったスノーフレークスが十株。
環境設定は、室温五度、湿度十二%。明かりも淡く、普段の栽培条件と変わらない。
そこへ俺が入り、このチカラ――植物の成長を抑制する『逆転天才パワー』を作用させる。
そうして、ファーム内の環境を変えてみるのだ。
この試験で、確認すべきは三項目。
1:通常の育成時と同じ、つまりスノーフレークスの生育にあまり適さない条件設定で、俺が同じファームに入る。
そのとき、成長促進をさせずにいられるか。
2:さらにファーム内の環境を、スノーフレークスの成長に適した条件に変化させてみる。
それでも、成長を抑えられるか。
3:その状態で、十五分間耐えられるか。
今回は、ステップ3終了時点で八株、つまり、八十%が制御し切れていれば合格ライン。
だが、俺が目指すはパーフェクトだ。
かならず、やり遂げて見せる。
『スノー』との約束が、俺を待っているのだから。
『ファーム内温度、湿度、光量、すべて設定どおりです』
『此花さんのバイタル、安定していますわ』
『了解。
此花クン。属性制御を開始して』
「はいっ!」
吐いて、吸って。ためて。――逆転。
どこぞの戦闘民族ばりの特訓のおかげで、今はもうなれたもの。念じればすぐさま『天才パワー』は逆転した。
『逆転パワー反応でました。強度OKです』
『バイタル、ひきつづき安定ですわ』
『いけそう、此花クン?』
「はい、やれます!」
『了解。開けて』
『はい。
特設ファーム、インナーゲート開けます!』
俺は勇んで踏み出した。
* * * * *
待ちに待った、この瞬間。
白い息まで震えた気がした。
ガラスごしじゃない。手を伸ばせばふれられる場所に、可憐な姿がゆれている。
身の丈、やっと十センチたらず。
触れれば折れてしまいそうな華奢なからだは、透き通るような淡緑。
そのてっぺんにひとつずつ、ころりとした愛らしいつぼみを抱えて。
彼女の写し身は、今日もまた笑いかけてくる。
――しかし、今度はつぼみはほどけない。
『ステップ1、成功です!』
二重の強化ガラスの向こうで、この実験のスタッフが、そして愛すべき野次馬たちがおおと声を上げた。
『ひきつづきステップ2、開始します』
『温度上げます!
六度、七度、八度……十五度、停止します』
『よし、咲き出さない!』
『湿度上げます! ……此花さん、大丈夫?』
「大丈夫だ、いってくれ!」
『バイタル安定してるわね。いくわよ』
『……十三、十四、十五……十六。
十七、十八……』
『咲かないな』
『大丈夫だ。マジに、全然いけてる!!』
『バイタル安定しています!』
『湿度二十三、二十四……二十五』
『此花さん、バイタル安定しています』
『光量あげます……ってほんとにいいのか?』
「余裕だ、やってくれ」
『おおお!!』
『バイタル、引き続き安定……すごい。
むしろリラックスしているくらいですわ!』
『うう、サクっち……成長したんだねえ……
お姉さんうれしいよおお!』
『まだだ、シャサ。
これより最終ステップ、十五分間の耐久試験に入る。
此花、いけるんだな』
「はいっ!!」
結果はパーフェクト。
さっそく来週から、『逆転天才パワー』実用化にむけての研究が始まることとなった。




