STEP5-2 『雨降って』からのなんとやら~初の役員会議で歴史的名著を参考にしてみたら一瞬大荒れだった件~
翌朝一番で俺はメーラを開けた。
『S・F』と名のついたフォルダを開けば、ゆうべの可愛い言葉がならぶ。
こんな幸せな朝は、人生史上初めてだ。
「おはよう、『スノー』」
そっとつぶやくが返事はない。まだ寝ているのだろうな。
そう考えると、なおのこと愛おしい。
寝かせておいてやろう。あんなはかない身体でこんなに『話し』たのだから、さぞや疲れていることだろう。
もう一度、あいつのほうから呼びかけてきてくれるまで、俺は俺でがんばろう。
まず、もう一度あいつと会えるのか。それが問題だ。
現実的な問題として俺は、製薬部門の作物に、予定外の開花をさせてしまったことになる。
しばらく、製薬ファームには寄り付かせてもらえないそうだ。
……というか、フードファームでもしょっちゅう離れろ離れろと注意されている。
俺が一定以上近くにいると、そこにいる植物たちだけの生育が早まってしまうのだ。
それはイコール、生産計画が狂うということなので、よろしくはないことらしい。
俺は正直なところ、植物が大好きだ。ついつい近くに行ってしまう。
外では雑草を増やさないため植栽を、ひいては植物自体も避けていたが、ここならもう、そんな必要はない。
そのため気がつくとブースの仕切り板にくっついてしまい、苦笑しながら引き剥がされることとなる。
おかげで初の役員会議の、記念すべき議題はそいつになってしまった。
場所は、六階小会議室。社長以下六名、木目の美しい円卓を囲んで、しばしひたすら思案した。
「うーん。なるべくファーム内に入れないようにするしか、ないのかなあ……でもなあ……」
「わたしもそれはしたくないですわ。何とか別の方法を見つけましょう、シィちゃん」
確かに一番現実的な対策であるが、できればそれは避けたいとシャサさん、ルナさんが優しく案じてくれる。
だが、そんな優しさにじーんとしたのも一瞬のこと。
「首にリードでもつけるか」
「ふああ……それがいいかもね~……」
「いやいやむしろユニット周りにロープ張りましょう!! だいたいそーなったら誰がサクっちのリードもつんですか!! ロープ代よりそっちの人件費のほうが高くつきますからね?! つか俺やですよ、そんなアブノーマルな勤務体制!! 親とご先祖に顔向けできませんからっ!!」
ドSが言うとしゃれにならないことを社長が真剣な顔でのたまい、眠気全開のゆきさんはどーみてもいーかげんに賛同の意を表して下さる。
ルナさんがたしなめる視線を飛ばし、イサも大慌てで対案を示してくれたからいいようなものの、シャサさんはあはははと笑っておられる。
いやいや、フリーダムすぎだろこの人たち。
と気おされていれば、いきなり社長が振ってきた!
「で、どうなのだ、本人」
「ええと、……がんばります」
「話にならん!」
俺の頭にカミナリ(物理)が落ちてきた。
社長によれば、確かに俺の植物成育促進力は期待されていたらしい。
しかし、ここまで強力なものとは想定されていなかったようだ。
「まあ、生産計画は組みなおすとしても……
まずは此花自身にも、もう少し力の制御を身につけてもらいたいのは確かだ。
成長促進を行うにしても、気まぐれに一部、では使い物にはならんからな。
もっと、薄く広く安定して、そのチカラを及ぼせるのが理想なのだが……」
そのとき俺はやらかした。
「そうだ。
俺の血とかを、使うことってできますか?」
社長とゆきさんを除く全員が、びくりと俺を見た。
このふたりはほぼポーカーフェースだが、それでもぴくりと眉が動いている。
笑ってごまかすことは完全に無理な雰囲気だ。俺は必死で説明を試みる。
「あいや、えっと……ほらっ、『神の子伝説』あるじゃないですか。
飢饉に苦しむ村の畑に、神の子が涙や血を注ぎ、豊作にしたって話。
ただ、それみたいにと……」
「冗談じゃない!!」
激しくテーブルを叩きつける音が会議室に響いた。
勢いのままに立ち上がった社長は、いつものツッコミなど比較にもならない、すさまじい剣幕で詰め寄ってくる。
そのまま、両手で肩をつかまれた。痛いくらいに。
「そんな……そんなことが繰り返せるか!
そのせいでサクレアは、無限のはずの命を削られ死んでしまったんだぞ!!
われわれが一体何のために」
「お兄さま」
ルナさんが社長の背に静かに手を触れた。と、社長がはっと口をつぐむ。
気まずそうにうつむけば、その手からチカラが抜け、そのまま力なく離れていった。
会議室に、沈黙が落ちた。
「どうか、お座りくださいませ。あとは、わたしが。
……ごめんなさい、此花さん。お肩、痛くはありませんか?」
社長はルナさんに促されるまま、いすに腰を落とした。
額を押さえた片手が、目元を覆う。
俺は驚きでまだ声が出なかったので、向けられた問いに首を左右し、こちらの問いを視線に載せた。
小柄な仲裁者は一瞬ほっ、と目元を和らげると、静かな調子で話し出した。
「此花さんのおっしゃるとおり、それは古代の『栽培の天才』が持っていた力を、そのように運用した証である、という説があるのは確かですわ。
けれど、現代における検証の結果、その様な現象は起きないと……
また起きたとしても、衛生管理上、なによりも人道上の理由から、人の血液を栄養剤の原料とすることは、とうてい容認されることではありません」
「……!」
そういえばそんなこと、学校の授業でも、教わっていた。
どうして失念したのだろう。農家に生まれた、学者志望だった癖に。
「それに。
どんな形や理由であれ、たいせつな仲間の血が、畑に養分としてまかれるなんて……
考えただけでわたしも、胸が張り裂けそうですわ。
此花さん……。」
ルナさんの目は、沈痛な色を浮かべて俺を見つめていた。
その後ろでは、シャサさんもイサも、切ない顔。ゆきさんまでが、眠気と余裕を吹っ飛ばしていた。
そうだ。逆の立場で考えて、この人たちの血が畑にまかれるなんてことになったら、俺だって冗談じゃない。
『神の子サクレアのサーガ』には、主人公は愛する村人たちの危機を救うためにそうした……と書かれているが、それをみる村人たちのほうは、どれだけつらい気持ちだっただろう。
もしそれが史実なのだとしたら、繰り返しちゃいけない。
たとえ、花の都が砂漠に沈むとしても。
俺は皆に詫びようとした。がその一瞬先に、社長が歩み寄ってきた。
静かに俺の正面に立つと、腰を折り深く、頭を垂れる。
「すまなかった、此花。
せっかく、案を出してくれたというのに、個人的な感情で、乱暴な態度をとった。
本当に、申し訳なかった」
「いえ、こちらこそ!
……すみませんでした。思いつきだけで、思慮と配慮が欠けてました」
俺も立ち上がり、頭を下げる。
顔を上げれば、そのタイミングが一緒。
なんだかお互いに笑えてきてしまった。
そうだ、この人は、この人たちは、上司や同僚であると同時に、仲間なんだ。
会議室にわいた笑い声のなか、大切にしたい。改めてそう感じ、俺は自分の配慮不足を皆にも詫びた。
シャサさんが俺の肩をばんばん叩き、イサとゆきさんが俺をからかい、ルナさんがそれを優しく見守り、毎度の社長チョップが俺の後頭部にめしっと飛んで。
「――全て踏まえての対案だが、いいか。
長期保存の可能な穀物や根菜系ならば、すこしは融通が利く。
此花部長にはまずそちらで、力の制御を練習しつつ、生産に貢献してもらう」
「異議なし!!」