STEP5-1 S.F~隔離ファームの白い花は魔法の夜に恋を語る~
いや。いやいや。
これどうみてもウイルスメールだろう。
俺はそいつを即削除した。
知り合いにそんなイニシャルの奴はいないし、こんなファンタジーな文章を送ってくる奴もいないのだ。
寝よう、今度こそ。
もしどーしても用があるなら、ウチに電話して親に取次ぎを願うなり、なんなり……
そこへまた着信。俺は跳ね起きる。
『メール着信 わたしはこえがでません:S・F』
『メール着信 このへやからもでられないだからこれしか:S・F』
なんだこれ。なんだこれ。
背中から冷水をぶっ掛けられたようなかんじというのはこれなのか。
ブロックしよう。それがいい。
震える手で操作をしようとすれば目の前で、音を立てて着信。俺はその一文を見てしまう。
『メール着信 どうかしんじてサキさん。おねがいします:S・F』
「……サキ、だって?」
サキ。それは、中学時代までの俺の呼び名だ。
俺の名前は『咲也』で、本来なら『サク~』と呼ばれることが普通。
だが小さい頃は、隣の家にも『朔夜』がいた。
だから区別のため、彼は『サク』ちゃん、俺は『サキ』ちゃんと呼ばれていた。
しかし中学にあがるタイミングでサクは、海外で待つ親元に帰ってしまった。
さらに、俺が通った高校は、故郷の村からは電車で一時間かかる超進学校。学内にも周辺にも、知り合いは一人もいなかった。
ゆえに高校進学以降、俺の主たる行動範囲に『ダブルサクヤ体制(命名・姉貴)』を知るものはなくなり、俺はサクやんとかサクっち、サク坊などと呼ばれるようになった。
つまり『サキ』という呼び名を知っているのは、俺に近しい人物といっていい。
もしくは、そういう人物とかかわりがあるか……
俺は慎重にメーラーを開き、メールの送り主を確かめようとした。
なぜか、送信者の欄はからっぽだ。
ついでに、本文も空白。完全に、件名部分だけで通信を行おうとしている様子だ。
いまどき、こんなやついるのだろうか。
メール始めたての親父が一度二度、こんなんよこしたことはあったが、おふくろと姉貴の徹底指導ですぐに正しい使い方をマスターした、はずだ。
どういうことだと呟けば、答えるようにメールが届く。
『メール着信 わたしにもよくわからない:S・F』
『メール着信 でも、わたしはあなたのこころがきこえるの:S・F』
『メール着信 そして、このメッセージを送れるようになってた:S・F』
前に読んだ、ネット記事を思い出した。
『出会い系メールにレスしてみた』。
そのときはナナっちと笑い転げながら読んだものだ。
客観的に考えればこれは、それとイコールなのだろう。
が、やはり違う。内容があまりに電波だ。
なにより俺は、レスをしていない。
ただ、疑問を心に浮かべ、口にしただけだ。
『メール着信 こたえてくれてありがとう、サキさん:S・F』
『メール着信 すごく、うれしい:S・F』
いや待て。いや待て。この程度のメッセージなら予測で打てる。盗聴の可能性だって考えられなくはない!
俺はスマホの画面をにらんで、問いを心に浮かべてみた。
本当に、こころが読めるなら――
なあ、S・Fと名乗るお前。
答えてみてくれ。
俺の子供の頃の相棒であるサクは、右利きか? 左利きか?
『メール着信 両手利きよ:S・F』
俺は息を呑んだ。
さらに、着信は続く。
『メール着信 サクちゃんは左利きに憧れて、とっても練習していたのでしょう?:S・F』
『メール着信 結果、左の方が器用なくらいになった:S・F』
『メール着信 逆にあなたは、左利きを右に直させられかけたけど:S・F』
『メール着信 急いでいるときは左を使ってしまう、スマホは右入力だけどね:S・F』
スマホを持つ左手が震えた。
さいごにひとつ。お前はなんて呼ばれてる?
『メール着信 スノーフレークス:S・F』
* * * * *
こうして俺と『スノーフレークス』の、奇妙な『対話』が始まった。
『スノーフレークス』は、自分がどこにいるのかはよくわからないが、それでも『いまおかれている環境が本来のものではない』という認識はある、と言っていた。
また、かれらが絶滅寸前にまで追い込まれたのは『強烈な生命力を疎まれたため』と伝えられているが、本当はもうひとつ、理由があるのだ、とも。
それはこうして、人と心を通じる力を持っていたがため。
ゆえにときの権力者たちに恐れられ、迫害を受けた。
伐られ、抜かれ、あるいは焼かれた。
まるで雑草のように。いや、それよりも酷いやりかたで。
彼らを愛し、守ろうと戦った者たちの亡骸までもが、彼らと同じ火に投じられたという。
邪な悪魔の草として刈られ、憎しみをもって棄てられる。
それは、愛すべき薬草として摘まれ、感謝をもって使われるのとは訳が違う。
後者は『スノーフレークス』の喜びと誇りだが、前者は――いわずもがな。
『スノーフレークス』はぽつりぽつりと、言葉を連ねる。
だから怖くて、ずっと黙っていた。
ここでふたたび世代を重ねるようになってからも、ずっと。
けれどサキさんはあんな力を持っていた。わたしに、呼びかけてくれた。
それでもしかしたらと思ったの。
お願い、こわがらないで。いじめないで。
サキさんが嫌なら、また黙るから……
「だれがそんなふうに思ったりするもんか。
いじめたりなんかしない。きっと守ってやる。
だからお前も俺のこと、こわがらないでくれ」
俺はいつしか涙を拭きながら語りかけていた。
スマホに向けて、声に出して。
ありがとう。勇気を出してみて、よかった。
サキさん。わたし、あなたとまたあいたい。
ガラス越しだって、いいわ。
……でも、いつかはあなたと、太陽の降り注ぐ丘で。
ほんとうの空のしたで、むかしのように……
「かなえてやる。かなえてやるよ。
俺がきっとおまえに、ほんとの空を見せてやる。
約束だ」
うん!
わたし、まってる。サキさんならきっと……
きっと方法をみつけてくれる。
わたしが『モンスタープラント』じゃなくなる方法。
ほんとの空の下で、むかしみたいにみんなと笑いあえる。
そんな、素敵な魔法を……。
胸が詰まった。
かなうなら、いますぐここを出て、あのファームに行きたい。
『この子』に会いたい。
人間の女の子のように、抱きしめてやることはできない。
けれどせめて、そばに行きたい。
あの、けなげで可憐な姿をこの目で見て、『この子』が喜んだように呼びかけたい。
ああ、そろそろもう遅いよね。
ごめんね、こんな夜遅くまで。
わたしも、すこし疲れてしまったので、ねることにします。
たのしかった。うれしかったわ。
また、あいにきてね。また、おはなししてね。
おやすみなさい。
……だいすきです、サキさん
「……俺もだ」
* * * * *
もしかしてこれが、恋なのだろうか。
相手は、人間ですらないのに。
でも、こうして言葉を交わした。
気持ちを通じて、約束をした。
俺はごみ箱フォルダから、最初のメールを引っ張り出した。
そしてそれ以降のすべてのメールごと保護をかけ、ひとつのフォルダに収めた。
いまや愛しい相手となった者からの言葉を、ぜんぶたいせつにとっておくために。
カーテンを開ければ、まるいきんいろの月がやさしく、魔法の夜を照らしていた。
2019.09.21(記22日)
『俺は慎重にメーラを開き、』
これは『メール』ではないの? というご指摘をいただきました(ありがとうございます)!
これは実は『メーラー』なので、メーラーにさせていただきました。
最後のとこ、伸ばさないと思ってたのです……はずかしす(/ω\)