STEP4-4 S.F~真の力と真夜中の異分子<ウイルス>~
スノーフレークス。
その響きを転がせば、あの光景がよみがえる。
白い花々がいっせいに咲き誇り、はかなく散れば次はいちめん綿毛が舞って。
見たいなあ。
青空いっぱいめいっぱい、風の吹くまま自由に――
だがそんな甘い空想を、厳しい声が打ち砕く。
「駄目だ。
あれは、強烈な繁殖力をもつ植物。そして、わが社の抗がん剤のメインの原料。
けしてあそこから持ち出してはならないものだ」
「って……つまり。
あいつらは、一生あの中と……?」
あの場所。地下室の奥深く、暗く、寒い、隔絶された場所。
青空も、太陽もない、ホントの風もないところで、一生?
急に、うすら寒さを感じた。もし俺が、同じ立場になったなら……
「お前の気持ちはわかる。
だがあれは、強烈な成長力繁殖力ゆえ、種を絶やされた植物だ。
雪舞砂漠に眠る遺跡の中、偶然に種子が見つかったものがああして、我らの手で命運をつなぐのみ。
かりにいま、外に出してやっても、幸せな未来はない」
「そんなっ……」
食って掛かりそうになって気がついた。
ここに入ってから俺は、騒ぎばかり起こしている。
こんなことばかり続くと、そのうちクビになってしまうんじゃないだろうか?
そうしたら、せっかくめぐりあえた――理想の仕事も、優しい仲間もなくしてしまう。
可憐なスノーフレークスたちにも、もう二度と会えなくなってしまうだろう。
落ち着こう、今は。そして、なんとか手立てを考えよう。
あいつらがまた、本当の太陽と風を浴びられるように。
「……いえ。わかりました、すみませんでした。
今後繰り返すことのないよう、よく反省し、気をつけます」
「うむ。
……と、話すべき事がすんでしまったな。
此花部長、社長室への出頭はなしとしよう。ID不正使用についての始末書を、明日中に提出するだけでいい。
まったくお前は、植物のこととなるととたんに馬鹿力を発揮するのだからな。
本来ならば、お前の筋力と速度程度に遅れをとるわたしではないのだが……それも、潜在能力というものなのだろうな」
背を向けた社長の、ひらひらと振られた右手の甲が、なにやら白く輝いて見えた。
よく見ればそれは一枚のシップ。今朝、製薬部に行ったときにはなかったものだ。
「それ……まさか」
「油断をしたのはわたしだ。
だが覚えておけ。
お前は心身両面において、自分をよりよく制御するすべを習得する必要がある」
愕然とした。ID不正使用だけでなく、怪我までさせていたのか。
トラウマに立ちすくむ俺を支え、前に踏み出させてくれた、この人に。
なんてことだ。なんてことだ。
だが、社長は振り返り、やわらかく笑う。
「まあ、あそこでゆきでなく、わたしにきたのは褒めてやろう。
あの状態でも、最後の一線は守ることができる。
お前はそういう、すばらしい資質を持っているのだ」
「……!」
とっさに俺は動いていた。
いやだ、こんなの。
俺に力があるのなら――このまんまにはしたくない!!
駆け寄って左手を伸ばし、社長の右手に触れていた。
とたん、俺の掌は柔らかな、薄緑色の光を放つ。
「サクっち?!」
「……これは」
社長が驚いた顔でシップをはがす。
そこにはすでに、あざのひとつもなかった。
「な~るほど納得。
サクっちはヒーラータイプだったのね。それじゃあ攻撃技はああなるわけだわ。
そうなるとまずは癒しの力を利用した、格闘系の立ち回りを身に着けたほうがよさそうね。
まあ格闘はあたしが得意だから! 今後も引き続きコーチするからね♪」
シャサさんが上機嫌で俺の背中を叩いた。
社長も俺の頭に手を伸ばしてきて――げしっ。
てっきり撫でられるかと思っていたら、降ってきたのはチョップだった。
「この、ばか者っ。
せっかく尊敬する上司の負傷を目に焼き付けさせ、今後の戒めとしようと考えていたのに……癒して終わりでは台無しだろうがっ。
反省文5枚追加。提出は明日の朝一番だ。」
「え――!!」
* * * * *
シャワーと夕飯を済ませ、部屋に戻ってもやることは山積みだった。
肌着類を備え付けの洗濯乾燥機にいれ(ありがたすぎて拝んだ)、始末書を書き(反省文はさすがに冗談だった)、今日やったことをざっくりまとめて(実は初日からしてた)。
そうだ録画していたドラマやアニメ。週末に回したらきっと消えるからあわてて視聴。
ほっとしたところで、パジャマに着替え。
ベッドにもぐって、マニュアルを読みはじめた。
そうしてどのくらいたったころか。時計を見れば真夜中近く。
よしこれでいい。そろそろ日付も変わる頃だし、あとは明日朝に復習しよう。
一度ぐっとのびをして、リモコンで消灯。
だが、枕にふかりと頭を乗っけた瞬間、ブブ、とスマホが振動した。
なんだよちょーどねるとこだったのに。しぶしぶスマホをとって画面をみれば……
『メール着信 ほんとのそらをみせてください:S・F』