STEP4-2 咲也・此花STEPS!!~運命の出会い、そして最恐のランチタイム(未遂)~
月光にも似た、白い光が照らしつけてくるエントランス。
地上部分と打って変わって殺風景なそこは、ここが余人の立ち入りをけして歓迎しない場所であるということを、強く強く感じさせた。
エレベーターを出ると、左は非常口。
右はずっと奥まで伸びる廊下沿いに、まずは警備詰め所。ついで事務室と並んでいる。
詰め所&事務室と廊下の間を区切るのは、上半分が透明なパーティション。その向こう側の照明は廊下のそれより温かみがあるのが、ささやかな救いとなっている。
目が合った人に目礼し、事務室まえを過ぎればラボエリア。
足元まで透明なブースが左右に並び、白衣の人たちやいくつかの機械が、なにやら作業を行っているのがよく見えた。
息苦しさは、なかった。
しかし、閉鎖環境であることはやはり、肌で感じる。
気づくと社長の白衣のそでが左手に握られていた。社長が振り返る。
「あっす、すすすみません、つい」
「構わん、つかまっていろ。
見学に支障が出ては本末転倒だろう。いいからつかまれ。とって食ったりしないから」
「はい……その……どうも……」
俺はありがたくその言葉に甘えた。
いずれ克服しなきゃならない。毎度社長を連れてくるわけにはいかないのだ。
だが、今回は……
正直大の男としては恥ずかしい、が、怖いものは仕方ない。
社長につかまっていれば怖くないなら、今日はその状態でまず慣れよう。そう、人生はステップバイステップだ。
ガキんちょの頃もこうやって、サクにつかまって肝試し練習したんだし!
そうしているとゆきさんがころころ笑う。
「あらあら、“いずれ”はなさそうね~。
ほんっと、しゃちょーも手が早いわね~」
「誤解を招く表現はやめてもらおうな。」
いや、それはある意味当たってる。そう思った俺だが、今度はいつものチョップは来ない。察してくれているのだ。俺が(これでも)いっぱいいっぱいだということを。
……この男。なんだかんだでやはり、優しい奴だ。しみじみと俺はそう感じていた。
モテるんだろうな。こんだけイケメンで、ヤンエグで、正直頼れる男だと。
ここで一人前の部長になれば、俺もすこしはこうなれるんだろうか。
「不思議なくらいそんな気がしない……」
「ねえ、ほんとに大丈夫、ぶちょーくん?」
「ああ、今日は多めに食わせることにする」
いやいや、大の男にこの扱いはちょっとちょろすぎる気がするぞ。
しかし、これはおごりだな。間違いない。すこし元気が出るのを感じつつ、俺は二人について歩を進めた。
* * * * *
えんえん続いた通路のかなた、ようやく現れたエレベーターにのりこみ、地下二階。
そこにはもう『エトランス』はなかった。
エレベーターホールに連なるのは、非常口に資料室、研究室と物置と札のついた殺風景。
なぜかほっとするような気がしないでもなかったが、その理由はすぐにわかった。
奥に、ファームエリアが見えるのだ。すなわち、あの瑞々しい、緑の色が。
ゆきさんはというとさらにリラックスした様子で、にっこり微笑みかけてきた。
「ふふ、昼勤務っていっつも、ダルいんだけどね。今日はなんかふれっしゅな気分よ。
キミのおかげね、此花クン。
というわけで、ご案内始めるわよ。ここが……」
地下めぐりの総仕上げはまた着替え。待望のファームエリア見学だ。
カリフラワー姿ですらなぜか妖艶なゆきさんが、ひとつひとつ、植物たちを紹介してくれた。
さいしょの三分の一は、のどあめに入ってるようなやつ。
次の三分の一は、図書館の本で見たことあるもの。
そして最後の三分の一は、分厚い植物図鑑でも見つからなそうなものばかり。
それもそのはず。歴史に消えた昔の植物を復活させたものだというのだ。
なかには雪舞砂漠の遺跡から、種を採取してきたものまであるとか。
「ここには現代とことなる気候条件で生きてきた、そんな植物たちもあるわ。
けして、持ち出そうとは思わないでね。
優しい此花クンなら、大丈夫と思うけど……?!」
そのとき目に飛び込んできたのは淡い淡い緑色。ファームエリアの一番奥、そこだけ二重に隔絶されたファームのハーブだ。
そこは他と比べて照明が弱めで、ハーブたちはここからだと薄緑色の群れにしか見えない。
見たい。もっと間近で。
歩を進め、その姿をはっきり捉えると、視界から他のすべてが消えた。
身の丈は十センチにも満たないほど。
与えられる淡い光を求め、精一杯に伸ばした細身の茎とちいさな葉。
多くのものはそのてっぺんにひとつずつ、ころりとしたつぼみを抱えているが、その大きさもやっと五ミリをこえたぐらい。
どの部分もきゃしゃで、はかなくて、ふれたらたちまち折れてしまいそうで。
それでもやつらはがんばるのだ。
どんなに凍えても、枝を張って葉をつけて、いつか真っ白な綿毛を飛ばす。
その年の雪が深ければ深いほど、たくさん、たくさん花をつけ――
気がつけば俺はそのファームのなかにいた。
白い息を吐き声をかければ、やつらはいっせいにこっちを向いた。ふわりと白く微笑んだ。
つぼみがつぎつぎほどけだす。
緑のがくがくるりとめくれ、細く小さな花弁が開く。
どれもどれも、花弁は六つ。めいっぱいに、等間隔に広げると、雪の結晶のように見える。
小指のツメほどの小さな花が、ひさしぶりねと笑いかける。
だめだ、離れろ。そんな声がした気がして、ふいにやつらが遠ざかる。
まってくれ、もうすこし。
抗い、手を伸ばした俺の目の前で、開花の連鎖がはじまる。
開いた花は掌の雪のように溶け、入れ替わりにまっしろな綿毛を生み出す。
そう、この綿毛は、春のあかし。
やわらかな青空にいっぱいいっぱい、空に帰ってく雪の天使みたいに舞って。
野原はみんなの笑い声と歓声でいっぱいになる。
胸がきゅっと締め付けられた。もうどのくらい
「こらっ、此花咲也!!」
そのとき、怒号とともに後頭部にめりこむチョップ。
「………………あ」
開花の連鎖がとまった。
「出るぞ、まずい」
半ば引きずられるようにして俺はファームを出た。
だがその間も、その後もずっと、かすかな風に揺れる花たちから、目を離すことができなかった。
* * * * *
「すまない、まさか本当にやるとは。
わたしの管理不行き届きだ、申し訳なかった」
「いいのよ、予想済みだわ。そのつもりで調整はつけていたから、気にしないで。
まあ、あの中まで入れるつもりではなかったのだけれど……」
我に返ると社長がゆきさんに頭を下げていた。
ゆきさんは鷹揚に笑っていたが、ふいにその視線が俺に注がれる。
「此花クン、おぼえてる?
キミ、IDゲートをサラッと不正通過したのよ」
「ええ?! ああの、どうやって……」
「突然強引に手をとって、認証ボードにぺたり。
手が早いのはしゃちょーのほうだけじゃなかったのね~。
ふふ、ひさびさにドキドキさせてもらったわよ、此花クン?」
「ええっ、あっあっあわわわ……」
なんていうことだ。初対面の女性の手を、いきなり強引に握ったなんて……
どっからどうかんがえたってセクハラだろうこれ!!
正直言うと、おぼえてない。ぜんぜん覚えてないけどそんなこといえない!!
慌ててゆきさんに頭を下げた。渾身の全力で平謝りする。
クビになるとかならないとか以前に、人としてわびねば人間じゃない。
「す、すみません、ごめんなさい!! 本当にすみませんっ!!
あの、あの、その……」
「あらあら、やっぱり覚えていないのね……意外とひどい子なのね、咲也クン?」
「いっいえ!! そのっ、そのようなことは、けっして……」
「まったくだ。
力ずくで他人の手を使ってゲートを不正通過したうえ、それについての謝罪も反省もなしとは……
スノーフレークス開花の件は憂城チーフの裁定で不問となったが、この件については改めて、処分を考えざるを得まいな」
「…… え」
そのとき俺はおかしなことに気づいた。
ゆきさんはころころ笑ってる。
そのとなり、社長はやっぱり笑っているが……
「マサカ」
血の気が引く音がきこえる気がした。
「ああ、そろそろ時間だな。苦手な場所で元気がなかったようだし、昼はおごろう。今の件についてはその場でゆっくり」
「すすっすみませんごめんなさいなんでもするからそれだけは――!!」
「……ですって。お嫁にでも来てもらったら?」
「こんな嫁もらったら三日で家がふっとぶわ!」
「ふふ、照れちゃって。しゃちょーってばほんとかーわいい☆」
結局、処分は始末書と、社長室に出頭しての口頭注意とあいなった。
* * * * *
「あっはははは!!
いーやーサクっち!! きみってばサイコー!!」
その日の午後。つまり、シャサさんの健康講座の開始前のこと。
本社二階・室内練習場には、陽気な声が響き渡っていた。
笑い転げるシャサさんは、俺の肩をばんばん叩く(ちょっと痛い)。
「もーね、もー、そんときのしゃちょーの顔っ!!
あとで防犯カメラの映像みせたげるね、サクっちも絶対ウケるから!!」
「え……いやそれ、まずくないっスか?」
「だいじょーぶ、サクっちはファーム部門のぶちょーだもん。
きみにはファームエリアの防犯カメラすべての画像をチェックする、大切な義務と権利があるのだ!!」
「あ……」
「フードファームは食糧管理セクションと。メディシンファームは製薬セクションと連携してるけど、それだけじゃないんだよ。
それを支える労務管理セクション、インフラセクション。そしてあたしたち、警備セクションとも協働していかなくちゃなんだ。
労務・食管系はイサ。インフラ全般はルナっち。警備はあたしがチーフだから、これからもわれわれとの連絡は密にすること。いいね?」
「はい!!」
いわれてみればそのとおり。
ときどき陽気すぎるように見えてもやっぱり、この人はちゃんと、先輩なんだな。
そう実感した俺は、勢いのままに返事をしていた。
「よし、ではまず、やることやっちゃおう。
まずはラヂオ体操からはじめるよ!」
「ラヂオ……?」