STEP3-3 ~『鍵は内、俺は外』をやらかした俺は人生初の始末書を書かされるようです~
ユキシロ製薬株式会社。
アユーラ・朱鳥両国の有志により、昨年はじめ、朱鳥国にて設立。
以降、毎月さまざまな特効薬を発表しつづけている、新進気鋭の製薬会社である。
薬の原材料となるハーブは全て自社製。それも、本社ビル内の施設――いわゆる『植物工場』――で育てている。
それだけでも珍しいが、その生産体制は、明らかに他社のそれとは一線を画している。
ふつう『植物工場』といえば、指揮管理は数名の社員、実務は多数のパートやアルバイトというのが定石だが、ユキシロは実務まで全員が正社員。
しかも、その人数は全社あわせてたったの十数名。
それは極限まで進めたオートメ化によるもので……
そのためか、社員の公募はなく、採用はすべてが紹介かスカウトによるもの。
株式すら、一般公開はされていない。
まるで家族経営の小規模工場のよう、と評されていた。
『機密保持のため』そして『ゼロベースのエコ体制を実現するため』。
番組後半のインタビューコーナーで社長は、そう言っていたが。
「守るべきものがあるからな」
「……?」
「そっりゃー秘伝のレシピとかー、いろいろあんでしょ製薬会社だし☆
ほらほらぶちょー、おしごとおしごと。まずはこの装置な……」
冗談めかしてみせるイサ。その濃緑色の目が、一瞬ひどく真剣に見えたのは、俺の気のせいだろうか。
気になる。すごく気になるが、同時に踏み込んではいけない気もする。
そうだ、いまは、おしごとだ。
俺は半ば強引に頭を切り替え、イサの説明に意識を集中させた。
* * * * *
事件はその晩起こった。
すっかり気安くなったイサたちに案内され、本社ビル二階へ。フィットネスルームで軽く一汗流し、シャワーを浴びて待ち合わせ。一緒に社食に入ってわいわい夕飯を済ませたあとだ。
エレベーターで七階に上がり、自室のドアの前にやってきて、ポケットに手を入れると、鍵がなかった。
いや、別にこれに事件性はない。今朝、あわてて部屋を出たときに忘れたのだと、すぐに俺は思い至った。
なら、そのまま開ければいいや。
だが、ドアは開かない。びくともしない。
ノブをひねって押しても引いても、上下左右にスライドさせようとしてみても。
そのとき思い出した――『この部屋はオートロックだ』。
「これが世に言う『鍵は内俺は外』かっ!!」
俺は愕然とした。知識として存在を知ってはいたが、貧乏フリーターかつ田舎者の俺が体験することになるとは、今この瞬間まで思ってもいなかった厄災だ。
途方にくれかけたそのとき、天恵が訪れた。
ベランダからなら、入れる!
ひとつ上の八階は、展望ラウンジフロアとして出入り自由。
その大きなベランダには、七階各部屋のベランダとつながる、非常用のハッチが設置されていたはず。
そして俺は今朝、窓を開けたまま部屋を出ていた。
よし、いける。入れる!
速攻で階段を上り、八階に。利用者はいなかった。
大きな掃きだし窓を開け、テラスに出て――あったあった、床のハッチ。
内部収納式の取っ手部分をくるりと押して露出させ、三本指を通してぐっと引く――
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!
とたん、鳴り出すアラーム。もちろん目覚ましじゃない、耳を聾するソレに俺は固まった。
「動くな!!」背後から、若い女性の声が命じる。
「武器を棄て、その場に伏せろ」
その声には聞き覚えがあった。
振り返ればそこにいたのは、えんじの制服に身を包み、クォータースタッフを携えた……
「シャサさん?」
「サクっち?」
それでも拘束された俺は、警備詰め所で本人確認を取られた。
それはずいぶんと徹底したもので……
「顔認証よし。虹彩よし。指紋、掌静脈パターン、声紋照合よし。体格データ誤差範囲内。
オールクリア。ホンモノね。
まああたしは声聞いてわかったけど、一応規則だから」
ここでやっとシャサさんは俺の腕を解放してくれた。
いやはや、一時はどうなることかと。ほんの数分ですっかりがちがちになってしまった肩をなでながら、俺はどっと息を吐いた。
「夜勤って、警備のシゴトだったんですね……」
「ふっふー。実はこっちがメインなのさ。
っていうかサクっち、あんなとこで何やってたの?」
「ええっとそのう……部屋にカギ、忘れて……」
「なあんだ。それならここに来てくれれば開けにいってあげたのに」
「いやーそのう……つい……」
「まっ、恒例行事だけどね。
初めてここにきた人のだいたい十%はこれやるのよ」
「はあ……」
シャサさんはあっけらかんと笑っているが、それは多い気がする。
もちろんその十%になってしまった当の本人が、そんなことは言えないが。
ともあれ、そんな俺をシャサさんは、あくまで優しく諭してくれた。
「ただウチはホントこういうとこ、うるさいんだ。
だからくれぐれも、もうやらないようにね。
こまったときは誰かを呼んで。みんなみんな、サクっちの味方だからね?」
そのとき詰め所には、他にも何人か警備の人がいた。
しかし一人として、嫌な目を向けてはこない。
それどころかみんな、室内窓に張り付いた野次馬までもが、微笑ましげに暖かく俺を見ている。
じん、とくるものがあった。
みんなみんな本当に、なんて優しい人たちだろう。
俺は昨日も、騒ぎを起こしたばかりというのに。
「はいっ! すみませんでしたっ!」
こみ上げるものをこらえつつ、俺は深く頭を下げた。
こんなにも優しく接してもらえて、反省せずにいられようか。
そうして、頭を上げると――
「こんな時間に始末書を書きたいという馬鹿者はここか?」
――うん、こんなんじゃないかと予想はしてた。
めしっと俺の後頭部に、社長のチョップがめりこんでいた。
* * * * *
昨日のことは、社長の一存でおとがめなしとしてもらっていた。
だが今回はさすがに書かされることとなった。
改めて考えると、本当に馬鹿だ。完全に不法侵入者じゃないかコレ。
その点については素直に反省した。
しかし、それでもこれは奇妙、というかアンバランスじゃないか?
七階居住フロアへ昇るエレベーターの中、俺は社長に疑問をぶつけてみた。
「なんで部屋のカギはアナログなんだ?
オートロックつけるんなら、開ける方も顔認証とか指紋認証とかにしてくれりゃいーのに」
「そんなものは全部偽装できるからな」
「はい?」
って、詰め所でした本人確認全否定ですかい!
だがそれは声に出す前に答えをよこされる。
「詰め所で本人確認をしていたのは認証システムだけではない。
シャサ、他の警備員、そして野次馬たち。
あの場の者たち全員がお前の語り口を聞き、仕草を見、お前であることを確認していた。
たとえ肉体を作り変えても、“なかみ”まではコピーできん。
お前に成りすましたものが侵入したところで、一分経たずに捕縛される。
もちろん、他の社員・役員のふりをしたとて同じことだ。
『仲間を守り、敵を見つけ出す』。
それはここの全員に課せられた大切な役割だ。お前もよく、覚えておけ」
「っ……」
絶句した。仲間を守る。それはまだわかる。
でも、敵を見つけ出す、ってなんだ。
そのとき思い出した。昨日社長に聞かされた説教の一部。
『このカギには高精度のGPSが内蔵されている。
持ち主の動きがおかしかったり、破損となれば、非常時と判断して警備が急行する。
だから不審者に襲われたならカギを力いっぱいどこかに叩き付けろ。そうすればすぐに助けを呼べる。まあ、裏技というやつだな。
そのためにも、カギは“絶対に”なくすな。ファームに入るとき以外は常に身につけておけ。いいな』
「ちょ……おい。
なに? なにそれ?
そんな……そんなやばいの?
顔とか作り変えた侵入者がきたり、襲われたり……」
「うちレベルになるとな。」
サラッとのたまって、社長はマスターキーを取り出した。
いつのまにか、そこは俺の部屋の前。
キーを鍵穴に入れてひねればがちゃり。なんと言うこともなくドアは開いた。
とるものとりあえず部屋に入り、明かりをつければ、カギはやはりサイドテーブルの上。
けれど俺は息をのんだ。窓が閉まっていたからだ。
今朝同様、空調は完璧で、息苦しさなどはない。
それでも、開いていると思っていた窓が閉まっている、そのことに俺は怖さを感じてしまう。
「……大丈夫だ」
ふわり、あたたかな声と、ぬくもりを感じた。社長だ。
俺の頭に優しく手を置いているのだ。昨日、歓送迎会のまえ、そうしてくれたように。
不思議にも、怖さはすっと消え去った。
「ここにあるすべては、お前を守るためのもの。
われわれは、お前あってのわれわれなのだから」
柔らかな声とともに、くしゃくしゃ、と撫でられる。
照れくささとうれしさがこみ上げる、そのときすでに、暖かな手は頭を離れていた。
振り返ると社長は花のようないい笑顔。
「さて、宿題が増えたな『此花部長』。
人生初の始末書の出来栄え、明日きっちりチェックさせてもらうからな?」
俺は地獄を予感した。
7/27
(警備室の)窓→室内窓
質問→疑問
とさらに修正いたしました。すみませんm(__)m