STEP3-2 ~『オートメのいりょく』と人情と~
そうしてひたすらやつを追ううち気づいた。収穫されたナスのほとんどは一番上の籠に入るが、ごくたまに真ん中や下にも入れられている。
これはつまり……
「こいつ、自分で選別までしてくれてるんですか?」
「ええ。
ただ、まんなかの籠のものは、この子の判定システムが結論を迷ったものですの。それについては、わたしたちで判断を下さなければなりませんわ。
いちばんうえの籠も、最低でも抜き取り検査はするのですけど。
もちろん、製薬ファームのハーブは全量ダブルチェックが最低ラインですわ」
「ほおお……」
そのとき、やつが動きを止めた。場所にして、ラインの三分の二まできたくらいで。
「あれ? どうしたん?」
「籠がいっぱいになったのですわね」
いわれてみれば、そのとおり。一番上の籠が満杯になっている。
しばし思案するかのように静止していたやつはしかし、突如するすると逃げ出した!
しかもその逃げ足は早い。俺はあわてて追いかけた。
「えっ、ええっ?! おーい、おおおい!!」
「だいじょうぶ、すぐに戻ってきますわ」
だがルナさんの言葉通り、やつはラインの向こうはじにたどり着くと、ぴたりと動きを止めた。
待ち受けていたちびフォークリフトがいっぱいの籠を引き取って、かわりに空っぽのものをセット。
するとやつは賢くも、ラインの向こうはじからこちらがわに向けて作業を再開した。
一方で引き取られた籠のほうはというと、コンベアに載せられ、さらに向こうに見えるこの部屋の壁へ、そこに設けられたシャッターへとむけて流されていく。
壁際まで籠が来れば、シャッターがすぱっと上がる。
もちろんコンベアはそのまま動き続け、籠はナスを満載した姿のまま、しずしずと隣室へ去って行った。
ふたたびシャッターが下り、コンベアが停止すると、ルナさんは教えてくれた。
「あそこから先は、食糧管理部さんの管轄になりますわ。
つまりファーム部門のおしごととしてはここまでですけど、お互いにお願いをしたりされたり、話し合いと協力は欠かせませんの。
このあと、手摘みいちごの納品のさいに打ち合わせをしますから、よろしくお願いしますわね」
「なるほど、ルナさんはこの一連の流れを見せたくて、あいつのところに案内を!」
「はい! やっぱり、さすがは此花さんですわ!」
「そんな……」
ルナさんは俺を見上げてほめてくれた。うれしい。
俺とてわかってはいる。これは、いたいけな新入社員への『優しさ』だ。
わかっていても、顔はにやけてしまうのだが。
「いいえ。
お兄さまもつねづね此花さんのお優しさと、頭脳の明晰さをたたえておいでですのよ」
「えっ?!」
「ええ。わたし、……
あ、いけない。そろそろいちごを始めなくっちゃ。
参りましょう此花さん。今日のデザートのできばえは、わたしたちにかかってますわよ!」
もちろん否定はされると思っていた、が、その内容に俺は仰天した。
あの社長が俺を、ほめていただって? それも、優しくて頭がいいと?
ユキシロ製薬のサクヤ・メイ社長って言ったら確か、飛び級で大学と大学院出て(しかも首席)、医師免許も持ってるスーパーヤンエグ。
それが感心するほどの頭脳など、俺には装備されていたっけか?
しかしそんな疑問も、優しく可愛いルナさんと協力し、大好きなイチゴをひとつひとつ手摘みで収穫する、そのシアワセの前に雲隠れした。
* * * * *
一世一代の晴れ舞台(=イチゴムースのてっぺん)を、俺の不手際なんぞで降りさせるのはしのびない。
そんな想いと、実家での手伝い経験が功を奏し、俺はルナさんが驚くほどにうまくイチゴの収穫を終えることができたのであった。
その後の打ち合わせでは、ハイハイと懸命にメモを取るぐらいしかできない残念ぶりを発揮したが、そこはこれから頑張るとこだ。
それでも、食糧管理部の人たちは暖かかった。
「ルナちゃんさ、よければ此花さんにいろいろ、レクチャーしてあげなよ。もちろんあたしも手伝うし!」
「ってかふれっしゅなぶちょーの姿みてたら、俺も勉強したくなってきちまったわ……」
「そうですわね、今度、ミニ勉強会でもしましょうか。
もちろん、此花さんがよろしければですけれど」
「よろしくおねがいしますっ!」
俺は即座に頭を下げた。
それは、メイン講師のルナさんが可愛いからでは……もちろんあったが、あえて言おう、本当に真面目な気持ちからだった。
俺はこの分野について、無知だ。
農家の次男坊として生まれはしたが、農繁期の手伝い以外はほぼしておらず(理由は言わずもがな。そのために俺は学者になると宣言してめちゃくちゃ勉強した)、高校以降は実家を出、土に触れない暮らしをしていた。
だがここでなされているのは、それすらもはるか飛び越した――
いわゆるバイオ。いわゆる科学。正直、アウトオブ眼中だったこと。
雑誌やテレビなどで断片的な情報は得てないこともなかったが、もちろんそれでは知識不足。
俺は、ユキシロ製薬ファーム部門の長にならなきゃならない。
そのためには、『栽培の天才』という特徴、それだけではダメなのだ。
『飢饉に苦しむ村人たちを哀れんだ神の子が、畑に出て涙を注げば、しおれた作物がよみがえり、村人たちはとても喜びました』……そんな御伽噺の世界ならまだしも。
いや、その“御伽噺”もたしか、異国の軍隊に壊されたのだっけ。
そう、ただの、成長剤がわりじゃ。誰のことも、守れないのだ。
「それでは決まりですわね!
日時はいつがいいかしら? わたしは……」
「あたしはこの日とこの日がありがたいな、逆にこの日は研修が……」
「あ、俺はこっちの日が希望。ぶちょーはどーよ?」
「ええっと、俺は……」
そうして俺たちはわいわいと予定を組んだ。
講師陣の準備もあるので、開催は来週から。うーん、楽しくなってきたぞ!
なんだか、むかしを思い出す。
ふいにルナさんと目が合って、ルナさんが俺に微笑んで。
俺は思わず咳き込んで。みんなにひゅーひゅー冷やかされ。
ちょうど後頭部に飛んできたチョップの主もついでにひっぱりこんで、俺たちは会社公認の勉強会を立ち上げてしまったのだった。
* * * * *
「ごめんなぶちょー、ルナさんやシィじゃなくって。
まあ、仕事と思ってお互い頑張ろうぜ☆」
「いや仕事だし!」
俺は思わず突っ込んだ。
午後はふたたび昨日の場所へ。だが今日は、シャサさんはいない。
今回指導をしてくれるのは、この口調からわかるとおり、さきほど打ち合わせをした食糧管理部門のリーダー氏だ。
名前は淡谷勇魚、愛称イサ。
歳は俺と同じくらいだろう。明るい茶髪と絶やさぬ笑顔で、終始ムードメーカーをつとめていたが、シゴトの腕は半端ないらしい。
「あはは。では参ろうか」
「よろしくお願いしますっ!」
そんなイサは恒例のカリフラワー姿に身をやつし、やや冗談めかして歩き出した。
播種ユニット、発芽ユニット、育苗ユニットの脇を過ぎ、例のコンベアにそって進む。
そうして行われた説明は、至極あっさりしたものだった。
「えーと、育苗まではいちおみたんだっけか。じゃ省略。」
「はやっ?!」
「これからやる仕事がいちばん神経使うと言っていいとこだからな。
っていってもほぼオートだからやっぱやることはほぼ監督とフォロー、以上!」
「おい?!」
「『オートメのいりょく』だよ。
うちは少数精鋭だからな。社員役員合わせて約百名しかいないんだぜ。
それでこの体制回すには、こうした仕組みが欠かせない。
だから発電施設も自前で持ってるし、天災人災への防備も固い。
イザってときの金だって、億単位ならキャッシュで出せるぜ」
「ほんとマジ……?」
イサは相変わらず笑っているが、今度は冗談を言っているふうではない。
そのとき思い出した。以前見た、ユキシロ製薬についての特番、その詳しい内容を。