遅れてきた怪物たち
駒場のゴラッソが決まった後、実戦練習は激しい展開となった。まず攻勢に出たのは本郷率いるBチーム。前線から激しいプレスをかけることでショートカウンターを狙う作戦はAチームのパスワークを徐々に乱していった。そして迎えた決定機。伊佐敷のプレスを受けた加藤がボールをこぼし、こぼれ球を拾った田村が前線へと走り出す。
「田村!寄越せ!」
「……任せた」
こうしたやり取りの後、田村のスルーパスに抜け出した伊佐敷がフリーでクロスを中央に供給。ゴール前で待っていた高崎がクロスに合わせて頭でゴールにねじ込み、スコアを同点に戻す。
そのわずか五分後には再びAチームが攻勢に出る。試合再開してすぐにボールを後ろに戻したAチーム。最後尾からボール回しを行う。攻撃のきっかけを作ったのは最後尾の小島だった。
「行くぞー!よいっ、しょぉ!」
意表を突く小島のロングパス。ボールは中央よりも右側に寄って飛んでいき、落下地点には新橋と競る華垣がいた。
「いいね。さすがは小島くんだね」
(…なんだ、この人。ほとんど力が入ってないように思えるのに、全くブレない!)
落下地点のポジションを奪い合う華垣と新橋だったが、華垣の体幹の強さに歯が立たない。小島のロングパスを華垣は足元に納めることに成功する。
「あー、ドリブルダメなんだっけ。うわぁ、面倒くさ」
美作よって定められた制約を思い出し、華垣はぼやきながらも制約通りドリブルせず、新橋を背負いながら走り込んできたアレックスにボールを渡す。
「アイヤー!任されタヨ!」
ボールを渡されたアレックスはサイドを駆け上がる。キレのあるボール捌きで、アレックスは簡単に抜け出した。山田も一定の距離感を置いてアレックスからボールを狙うが、どうもその独特のリズムを掴めず、二の足を踏んでいた。
「何やってる!距離詰めろよ!チキンかテメェ!」
アレックスに翻弄されている山田へ、遂に大須賀の怒号が飛ぶ。山田はその怒号に押されるようにアレックスにタックルを仕掛けたが、これは読まれていた。ボールを奪おうと大きく開いていた足の間に、アレックスがボールを通し、自分は山田を避けてゴールへ向けて走り出した。
「チョロいネ!山田サン!」
「チョロいのはオメーだボゲ!」
ゴールを狙うアレックスの道を阻んだのは大須賀だった。彼は山田へ怒声を発して直ぐにゴールから飛び出していた。山田の股間を通したボールを先にガッチリと掴み、アレックスは飛び出してきた大須賀を避けて転げた。
「上がれ上がれ!さっさと上がれ、小兵共!」
フィールドプレイヤー達に毒舌をあびせながら大須賀は手で前線へ上がれとジェスチャーを送る。それからボールをパントキックで前線へ供給した。
大須賀の蹴ったボールは、ピッチ中央当たりに落下してきた。落下地点では田村が小貫と競り合っていた。上背のある田村が小貫を押し退けよう体を張っているが、小貫はしつこいくらいに粘着して田村の邪魔をしていた。
「…しつこい」
「オイオイ、ドイツの守備はこんなもんじゃねえぞ。泣き言言ってんじゃ…」
説教じみた言葉を紡いだ小貫だったが、言葉の途中で何故か黙り込んだ。そして――、
「危ないっ!避けろ、田村!」
「えっ、うわっ!」
何を思ったのか田村のユニフォームの裾を思いっきり引っ張って、自分側に倒させた。
いきなりの理由の分からないラフプレーに周りの選手たちが声を上げたが、その理由はすぐにわかった。彼らが競り合った落下地点に男?が飛び込んできたからだ。
おそらく男であろうその人物は落ちてくるボールを空中で胸を使ってコントロールし、小貫たちが倒れた左側に着地した。
「っ!なんだ、お前!」
「……」
「ちょっ、嘘だろ!」
男は止めに入った甲坂に目もくれず、ターンでかわして右に抜けようとした。しかし、その軌道に駒場が立ち塞がった。
「遅刻野郎のくせにいい度胸してんなあ、白鳥」
「ん…ああ、コマさん。お久っす〜」
「某妖怪アニメのキャラクターみたいな呼び方やめろっつったろ。コラ」
駒場の登場でようやく白鳥は我に戻ったようで、緩い笑みを浮かべて駒場を茶化す。だが、その目は笑っていなかった。ただ駒場に雄弁に語っていた。邪魔だ、どけろと。
(相変わらず、気持ち悪いわ。こいつ)
駒場の心中の罵倒など白鳥にはもちろん聞こえていなかったが、自分に対する不快感は伝わったらしく眉をひそめた。
「あ、今なんか悪口考えたでしょ。そういうの分かるんだよなー」
「あぁ、相変わらず気持ち悪いなって思っただけだよ」
「ひでぇ!」
不満そうな白鳥に構わず、不快感をぶつけた駒場は一瞬の間だけ気を抜いた。白鳥はその一瞬の隙を見逃さず、駒場の右へ強引に抜け出て、ボールを振り抜いた。ここはまだアタッキングサードと呼ばれる地帯で、ゴールから数十メートルの距離があった。
「えっ、ちょ、うおお!?」
しかし、白鳥のシュートは美しい弧を描いて、白鳥登場の騒動を少し近くで聞こうと前へ出ていた小島の頭上を貫いて、ゴールに吸い込まれた。
「いぇーい!決まったー!ねえ、見てた!?ガタさん、景さん!」
とんでもないゴールを決めた白鳥は笑顔でグラウンドの入口の方へ手を振った。そこには白鳥と同じく遅れてきた二人、阿形桂と月火野景が丁度グラウンドに入ってきたところだった。
だが、白鳥に返事を返したのは彼らではなく、本郷の怒声だった。
「ゴルァ!時差ボケスワン!革靴でサッカーなんざしてんじゃねえ!怪我したらどうすんだ!スパイク履いてこい!」
「うぇ!?何故バレた…すんませーん!」
怒られた白鳥は急いでピッチから離れて阿形達の元へと走っていった。その陽気な様子とは真逆にピッチの面々たちは戦慄していた。
「革靴であれかよ…」
「ハハ、笑えねえ」
何人かの選手は白鳥のとんでもなさに若干引いていた。いきなり乱入して、超絶怒涛のゴールまで決めてしまう破天荒さはともかく、そんなプレーを可能とする白鳥匠という選手と自分たちとの壁を感じていた。
怪物――。日本代表の中でも傑出した選手たちが遅れてやってきた。実践練習は後半戦に入る。