実戦
本郷たち首脳陣の挨拶とスピーチも終わり、実戦練習に入った日本代表。AチームとBチームの発表がなされ、先に練習用のユニフォームが渡された。そして、Bチームにはチーム分け用のビブスも渡された。AチームとBチームは14名と13名でわかれており、遅刻者も含まれている。分け方は以下の通りである。
Aチーム
GK 小島守雄
DF 阿形桂(遅刻)
DF 小貫太市
DF 甲坂勝繁
DF 加藤紀明
MF 駒場獅童
MF 遠藤水月
MF 白鳥匠(遅刻)
FW 石川瑞樹
FW 五島大吾
FW 橋本亜烈楠
FW 山田獲歩
FW 小宮山正樹
FW 華垣竜
Bチーム
GK 川崎信吾
GK 大須賀大介
DF 山田風太
DF 加茂信二
DF 四木和喜
DF 伊藤雄司
MF 伊川徹
MF 新橋樹
MF 雅祐介
FW 月火野景(遅刻)
FW 高崎健吾
FW 伊佐敷鹿慧
FW 田村貫
「よし、Aチームを率いるのは美作。俺はBチームを指揮する。赤木さんは審判をよろしくおねがいします。ミカとロドリックは線審を」
本郷の仕切りでそれぞれの準備へと首脳陣が移動していく。Aチームの下に来た美作に選手たちは少し緊張していた。なぜなら、彼らのキャリアの中で女性コーチに教わった経験など一度もなかったからだ。だからこそ気になった。この美人コーチが何を指示するのか、自分たちに何をもたらしてくれるのか。
そんな選手たちの緊張は露知らず、美作は毅然とした態度で彼らの前に立ち話し始めた。
「まずスターティングメンバ―を発表します。フォーメーションは4-3-3。GKは小島。DFは左から、加藤、小貫、甲坂、獲歩。甲坂選手と獲歩選手には悪いですが、阿形選手がまだですのでポジションを埋めてもらいます。中盤は1ボランチに駒場選手。その前に2人並ぶ形で、遠藤、華垣です。3トップは左から石川、五島、アレックスで行きます。小宮山選手には途中から出場してもらいますね」
最後に「あ、敬称略です。失礼しました」と締め、選手たちが何か意見を言いかける前にさらに話を続ける。
「戦術の話をします。基本はパスをつなげるポゼッションサッカーです。ボールをつなげてサイドから攻めます。石川選手とアレックス選手は前線と中盤を行き来してください。サイドバックの2人、加藤選手と獲歩選手はあまりオーバーラップはしなくてもいいです。むしろ、駒場選手にはガンガン前へ出てほしいので、中盤の空いたスペースを埋めることに注意してほしいです。その際には、ウィングのお二人がサイドバックのお二人のポジションを埋めてください。ポジションが流動的になるのは中盤の底だけです。他の方はきちんとポジションを守ってください。あと、サイドの選手以外はドリブルを禁止します」
最後の言葉までは素直に聞いていたAチームの面々だったが、ドリブル禁止という言葉に一気にどよめく。その不満を代表するかのように空気の読めない華垣が手を挙げて質問した。
「意味わかんないんですけど、なんでっすか?ドリブルできないのはつまんないっすよ!」
ぶーぶーと口でいいながら不満をぶちまけた華垣に、美作は全く動じずに答えた。
「理由、ですか。簡単ですよ。サイドから攻めたいだけです」
「その理由がわからないですね。サイド攻撃だけなんて、サイドを固められちまってクロスが上げられなかったら、シュートなんて打てませんよ」
美作の揚げ足をとるように聞いたのは甲坂だ。しかし、この問いに美作は大きくため息をこぼした。まるで、赤点を取った息子の前に立つ母親のような冷たい視線で甲坂を睨み付け、こう返した。
「乏しい頭ですね。みんな貴方と同じ考え方ではないことを願います。ですが、私も鬼ではありません。ヒントだけ教えてあげましょう。選択肢は一つじゃないということです」
美作の言葉とその冷たい視線に背筋が凍るような感覚を覚えた一同だったが、何人かの選手は彼女の意図に気付いたようだった。美作は甲坂から視線を外すと、全員に向けて今度は守備の決め事について話し始めた。
「守備の戦術ですが、基本的にはポジションを守って、自分の守備範囲内に相手が侵入してきたらプレスをかける。これは前線から最後尾まで全員で共有してください。プレスで相手の動きを制限しましょう。あと、クロスには要注意です。Bチームの2トップはおそらく田村・高崎です。この二人は上背があるので、クロスに合わせやすい」
守備の戦術に関しては不満や質問の声が上がることは無かった。こうして新コーチ美作の下、Aチームは実戦練習に臨むことになった。
* * *
Aチームのボールで実戦練習が始まる。Bチームはどうやら4-4-2のフォーメーションらしく、キーパーは大須賀。4バックは左から伊藤、四木、加茂、山田。ダブルボランチは雅と伊川。左に伊佐敷、右に新橋。2トップは田村と高崎というスカッドだ。Aチームは美作の言いつけ通り、中央ではパスでつなげることしかできない。そのため、ボールをサイドへと集める作戦を取った。
センターサークルから五島が華垣に戻して試合が始まる。華垣はボールをそのままボランチの駒場にヒールで流し、駒場はそのボールを一度緩いボールで小貫にパスした。
「よしよし、後ろからつなげていこう!」
小貫は美作の戦術通りにダイレクトでつなげようとサイドに視線を送る。だが、そこに駒場の緩いパスを追いかけてきた高崎が圧力をかけに来た。
「オラァ!」
「うわっ!危ねえ!」
奪われかけたボールを小貫が何とか右サイドに逃がす。右サイドバックの獲歩はパスを受け前を向くが、眼前にはすでに伊佐敷が迫ってきていた。
「奪う奪う奪うぅ!!」
「……っ、速い!」
驚異的なスピードで逆サイドから近づいてくる伊佐敷に面食らった獲歩は、クリアで伊佐敷との勝負を避けた。海外でプレーしている獲歩や、駒場、小貫は伊佐敷鹿慧という選手を深く知らない。そのため、彼の一番の特徴である爆発的なスピードに少し驚いていた。しかし、この場面でクリアを選んだ山田獲歩のクレバーさもまた日本のサッカーしか知らない伊佐敷にとっては異質なものだった。
(判断早い!もっと早くプレス行った方がいいっスね)
伊佐敷は今の獲歩の判断速度を元にプレスの強度を決める。それにならってBチームの面々のプレッシングの基準が定まった。試合はBチームのスローインから再開する。伊佐敷のスローインを受けたのはオーバーラップしてきた伊藤雄司。伊藤はスローインを受けてすぐにサイドチェンジをする。右サイドで待っていたのは新橋。彼は伊佐敷の猛プレスを見るや否やポジションを変えていた。
(ここは時間使わずに行くか。そういう指示だしね)
新橋はゴール前で待つ仲間に向けて即座にクロスを上げた。中で待つのは高崎、田村、伊佐敷の三人。真っ先に反応したのは田村だったが、ここは小貫がヘディングでクリアして事なきを得る。クリアボールを拾ったのは四木和喜。
「よし、一気に攻め込むぞ!」
四木は少し前へと運び、相対する駒場との勝負は避けて縦パスを入れる。この縦パスを高崎が足元で受ける。高崎はこのボールを雅にバックパスで戻す。
「ほいほい、よろしく伊川ちゃん!」
雅は少しあいた隣のスペースに走りこんできた伊川に横パスを出す。
「ちゃんはよしてくれ」
伊川はそう言いながらも横パスを受けてドリブルで突っかかる。その伊川に小貫がプレスをかけるが、伊川は彼の意表を突いた。
「う、うおっ!?ヒールリフト!」
小貫をいなしながら出したヒールリフトでの浮き球のパスは決定的なチャンスとなったが、これは田村が反応しきれず、小島ががっちりとキャッチした。
「ふう、危ない危ない。ほら上がって上がって!今度は僕らの番だよー」
一進一退の攻防が続く。今度はAチームが攻勢に出る。小島がディフェンスラインを上げた加藤紀明へボールを投げる。ボールを受けた加藤は美作の指示通りパスをつないでいく。小貫、甲坂、駒場、時にはポジションを下げてきた遠藤も交えてパスを回す。先ほどまで疾風怒濤という風だった展開は一気にゆったりとしたペースに変わった。だがそれもつかの間。展開を変化させる楔のパスを入れたのは駒場だった。
「そろそろ行くぞー」
その言葉とともに駒場は右サイドへとボールを送る。右サイドには中盤へと下がってきていた石川がいた。石川はボールを受けると前に向き直る。
(サイド以外はドリブル禁止ってことは、俺はしかけちゃってもいいってことだよね)
石川は自分の考え通りに動いた。まず目の前に迫っていた伊佐敷を遠藤にボールを預けて躱して、ダイレクトでボールをもらった。そして目前のスペースへスピードを上げて進んでいく。
「好きにやらせんなよ!来るぞ!」
最終ラインの加茂が大声で味方に注意を促す。所属クラブの横浜・J・マリンズでもキャプテンを務める彼の声はよく通る。そのためかどうかはわからないが、石川と相対した伊藤は鋭い目つきを更に鋭くして彼をにらむ。
(さっすが俺の中の強面ランキング一位の雄司さんだわ。こわ)
伊藤に睨み付けられた石川は彼の強面具合を心内で茶化しながら、足元ではボールを細かくタッチして臨戦態勢へと入っていた。
「っしゃ!行くぜ!」
「来いオラァッ!」
両選手が気迫のこもった様子を見せる。右サイドで膠着したその瞬間、Bチームのディフェンダーは少しそちらのサイドに片寄った。それはほんの一瞬の隙であったが、その隙を石川は見逃さなかった。
「なんちて」
そんな軽口と一緒に石川はボールをペナルティエリア手前、いわゆるアタッキングサードと呼ばれる場所へとグラウンダーのクロスを放つ。石川のまさかのパスという選択肢にAチームディフェンダーは一瞬動きが止まる。そしてこの意表を突いたパスに唯一反応していたのは――
「いただきっ!」
駒場獅童だった。持っている男が放ったミドルシュートは加茂と四木の間を抜いてゴール右上隅に突き刺さった。キーパーの大須賀は何もできず、ただゴールに転々と転がったボールを眺めているだけだった。
「これぞ駒場獅童ってなゴールだな…。ハッ。ナイスゴール!」
コート脇でピッチを眺めていた本郷はそう言って乾いた拍手で駒場を讃えた。早速スコアが動いた実戦練習。この先、まだまだ波乱が残されていることは想像に容易かった。