本郷監督、話す
「日本代表諸君、おはよう。俺が今日から諸君の監督を務めることになった本郷慎一だ。・・・うん、とりあえずコーチ陣の紹介が終わってから話すわ」
本郷の自己紹介はすぐに終わった。現在、彼率いるコーチ陣を囲むように選手達23名が集まっている。本郷の紹介の順にコーチ陣が自己紹介していく。まず最初に指名されたのはもちろんヘッドコーチの美作だ。
「まず君たちが一番覚えなきゃならん人だ。ヘッドコーチの美作鈴さん」
「ご紹介に預かりました。美作鈴です。皆さんの戦術や技術、様々なことに口を出すと思いますが、よろしくお願いします。あと、私は本郷さんと違って規律に厳しい方なので言わせていただきますが、遅刻は厳禁ですので」
鋭い眼光を選手達に向けながら微笑む美作。気に強そうな美人で、その笑顔は朗らかながらどこか威圧されているように感じる。続けて本郷が他のコーチたちの紹介を続ける。
「その隣にいるのがフィジカルコーチを務めてもらう赤木勉氏だ。体調のことや、怪我、違和感を覚えたらすぐに赤木さんに相談しろ」
「赤木です。よろしく」
フィジカルコーチを務める赤木勉は元から日本代表を長らく支えてきた名コーチだ。竜堂前監督の辞職とともに日本代表から去ろうとしていたところを本郷に説得され、現職を続けることとなった。
「んで、右端の方がGKコーチのロドリック。国籍はアメリカだが、GK育成の最先端であるドイツで活躍してきた名手だ。GKはこの人のことよく覚えとけよ。ちなみに日本語も話せる。最後に俺の左隣にいるのがアシスタントコーチの・・・」
「ミカ・チェルシー。私が紹介しますね。ロンドン生まれのイギリス人で、私がオランダにいた時の友人です。元々世代別のイギリス女子代表にも選ばれてたくらいの選手で、私と同じ歳ですが彼女はオランダの名門PSVでコーチを務めてました。ね、ミカ」
「イエース!ハロー!ミカデース!」
「ロドリックです。よろしく」
美作に紹介されたミカは明朗快活の言葉が良く似合う明るい女性で、選手の何人かはその愛らしい笑顔におおっと見とれた。その後に続いたのはスキンヘッドで軍人として紹介されても遜色ない大男。
これでコーチ全員の紹介が終わった。一度仕切り直すように本郷が咳払いをし、話を始めようとしたその時、グラウンドの扉から大きな音がした。全員の注目がそっちへと集まる。そこには天然パーマの男が立っていた。扉を開いた時に足をぶつけたらしく、足を少し痛そうにさすっていた。
「いてぇ・・・っと。あ、遅れてすいません」
その男は全員の注目を前に悪びれる様子はなく、素直に謝罪して、にっこり笑った。その場にいる全員がその男を知っていた。そしてその非常識さも。
「華垣竜だな。おせぇぞ。今から俺の挨拶代わりのスピーチが始まるところだ。ギリギリセーフってことにしてやるから、その辺に並べ」
「あーっ、アンタが本郷監督か!よろしくお願いします!あと選んでくれてありがとう!」
男の名は華垣竜。今回の代表でも注目株のフォワードだ。彼はかなり非常識なことで知られており、彼をよく知る他の選手達は笑いを堪えていた。そんな華垣に構うことなく、本郷はしっしっと手で彼を制した。
「いいから並べ。喋りづらいだろ」
空気を読めない男、華垣竜の登場に場の空気は少し和らいだが、すぐに引き締まる。本郷のスピーチが始まるからだ。
* * *
「ゴホン、まあ最初からグダグダした感じになったから、手短に話す。俺が今回代表監督になったのは、お前ら日本代表に不満があったからだ。」
まさかの言葉に少しざわめく日本代表一同。そんな反応は全く気にする素振りは見せず、本郷は「まあそれだけではないが」とつけ加えて、更に続けた。
「お前らは何を目指してきた?竜堂さんの元、お前らはいつもこう言ってきたんだ。『W杯ベスト8が目標です』。違うだろう?俺達は日本国民を代表してるんだ。目指すべき場所はそこじゃない。美作、言ってやれ。俺たちの目指すべき場所を」
ここで唐突に美作に話を振った本郷だが、この目標については本郷と美作は同じビジョンを見ていた。
「W杯優勝。強い日本を作り、歴史に名を刻むこと」
美作の言葉に今日一番のざわめきが選手達に起こる。そして、皆様々な反応を見せた。
「そんな、無理に決まってる!現実的じゃないですよ!」
まず反発したのが日本代表一番のベテラン、ゴールキーパーの川崎信吾だ。世界をまたに駆けてきた男の発言だけあって、重みが違った。
「馬鹿げた目標ですね。欧州で監督を、コーチを務めてきた人たちの発言とは思えないな」
「まあ無茶だよなぁ。今までの日本代表の最高成績はベスト16。三つも飛び越すのは容易じゃないよ」
川崎の反発を皮切りに、反対の意見が続々と出た。監督の目標を貶したのは小貫太一。彼は現実主義者な一面を持っており、インタビューでもそういう面が目立つ発言が多い。続いたのは加茂信二、こちらもコツコツ地道に進んでいくことでJファーストまで成り上がった人物らしい発言だ。
「ハッ、いいんじゃないか?目標は大きい方がいい」
ベテラン・中堅選手たちが反発し、文句を言う中、そこまで静観していた他の選手たちが発言しだした。その先駆となったのはガンナーズのエースストライカー五島大吾だ。彼はいつも不敵な笑みを絶やさない。飄々とした人物だ。そして、彼に続くようにお気楽な選手達が発言を増やしていく。
「僕も賛成だ。その方が楽しそうだしね」
「いいじゃんいいじゃん!俺らなら出来るって!根拠はないけどさ!」
最初に発言したのはセリエAプレイヤーの四木和喜、その後がセレステ大阪の大エース雅佑介だ。彼らは稀に見る楽しければいいという考えの持ち主で、その発言で反発派の怒りを買ったのは言うまでもない。次第にどよめきは口論へと変わっていった。そんな様子を見て、本郷は一つ溜息をこぼして大きく息を吸い、
「うるせえ!」
と一喝した。本郷の大きな声で一同はすぐに沈黙した。全員が驚愕した様子だった。
「ったく、ガタガタ騒ぐんじゃねえよ。お前ら選手は、俺たちの駒だ。お前らは俺が立てた目標に文句を言うんじゃなくて、そのために必死こいて血反吐はいて泥水を啜ってでも、勝利にしがみつくんだよ」
本郷の問題発言連発に、場は一瞬シーンとした。しかし、すぐに選手達から一斉にブーイングが飛ぶ。もちろん、隣の美作も本郷の腹を突いた。本郷は舌打ちを打ちながらも、こう告げることで選手たちを黙らせた。
「あーもう!さっきの発言は忘れろ!とにかく、俺の日本代表の目標は『W杯優勝』、そして『歴史を作ること』だ!理解なんてしなくていいから、頭に叩き込んどけ!よし!実戦練習だ」
本郷が無理やりにスピーチを終わらせたことでなんとか場が収まり、本郷JAPAN初の公式練習が始まろうとしていた。