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BLUE DREAM  作者: 時紐
2/8

就任会見

 この日、日本のサッカー関係の記者たちが東京某所に集った。そこには日本フットボール協会会長の片岡(かたおか) 厳一(げんいち)氏、技術委員会委員長の東山、そしてこの会見の主役である次期日本代表監督、本郷慎一がいた。

 記者たちの構えるカメラの音が鳴りやまぬ中、会見は始まった。

(……ここまで注目されたのは生まれて初めてかもな。てか、何を話しゃいいんだ)

 シャッター音とフラッシュの光にさらされながら、本郷は内心穏やかではなかった。まず注目されることにあまり慣れていなかったし、それに加えて話がとんとん拍子に進んいることも相まって、不安で気が気でなかった。

(てか、この女は誰だよ……)

 それに加えて本郷を不安にさせたのが隣に座る謎の女性の存在だった。右から会長、東山、本郷と並んでいたが、本郷の左側にもう一人女性がいたのだ。金髪のショートカットで、ネコ目の気の強そうな女性だ。だが、本郷はその女性に見覚えはなかった。

 その時、不意に彼女と目があった。見ていたのがバレたかとドキリとした本郷を、謎の女性は鋭い目つきで睨んできた。本郷の不安がもっと強くなる。そうしているうちに記者会見の時間になったらしい。会長の片岡がマイクを手に取り、話し始めた。

「では、記者会見を始めます。皆さん、本日はお集まり頂き誠にありがとうございます!早速、日本フットボール協会会長のこの私、片岡厳一から、先日大病を患い、無念の中日本代表監督を辞任なさった竜堂龍城元監督の後任を担う次期日本代表監を紹介したいと思います!」

 そこで会場の照明がすべて落ち、スポットライトが本郷を照らす。本郷は急な明るさに反射的に目をつぶってしまった。記者たちの構えるカメラの音が激しくなる。

「竜堂元監督が直々に指名し、そして技術委員会でも多くの支持を得たこの本郷慎一氏が、このたび日本代表監督に就任することとなりました!皆さん、盛大な拍手を!」

 記者たちの拍手の音が会場に響く。本郷は照れ臭そうに頭をかきながら、軽く会釈する。そして、片岡会長が話を続けた。

「皆さん、ありがとうございます!この本郷慎一氏は36歳という若さながら、すでに3つのクラブを指揮した経験を持ち、一つ目のクラブの東京蹴球団をJセカンド初年で初昇格へと導き、続く翌年もJファーストに残留させ、見事東京蹴球団をJファーストの看板クラブの一つとする礎を築きました!そしてさらにその翌年には東京蹴球団から、なんとプレミアリーグのACストーク・シティに移籍を果たし、強豪ひしめくプレミアリーグで見事8位の好成績を残したなど、海外での指揮経験もある日本人監督という珍しい監督でございます!

 今回、竜堂元監督のご助言、そして技術委員会の多数の支持を受けて、我々日本フットボール協会は日本代表の監督を彼に託すことにしました!それでは、監督からのコメントもいただきましょう。どうぞ!」

 いきなり自分にパスが来た。かなり厳しいパスをもらった印象だ。本郷は少しあわてながらマイクを手に取った。

「あ、えー、ただ今ご紹介頂きました。新監督の本郷慎一です。正直、自分のような若輩が日本代表という重き責務を担って戦えるのか?という不安はございます。ですが、日本の英雄たる竜堂龍城前監督の推薦や、技術委員会の方々の支持、会長の言葉を受け、自分がやるしかないのだなと。覚悟を決めることが出来ました。

 日本国民の皆様、大きな不安はあるでしょうが、私は私なりの日本代表を築こうと思っております!どうか温かく、そして厳しく見守っていただきたい!よろしくお願いします!」

 本郷の監督としての決意表明に拍手が鳴り響く。記者たちの祝福、そして期待を込めた拍手は少しの間鳴りやまなかった。



* * * *



 ようやく拍手が鳴りやむと、今度は東山がマイクを取った。そして、今度はスポットライトが本郷の隣の女性に移る。どうやら彼女の紹介をしてくれるらしい。

「では続いて、今回、代表監督に就任する本郷監督を補佐する第一人者たるヘッドコーチの紹介に移りたいと思います。本来なら、竜堂元監督の体制と同じく、ファン・ロナルドコーチにお願いするつもりだったのですが、竜堂元監督の辞任に伴い、ファンコーチは母国オランダのクラブの監督に就任するとのことでしたので、急遽ヘッドコーチを技術委員会で選考し、決定いたしました。それではご紹介いたします。

 彼女は美作(みまさか) (すず)、これから本郷監督の右腕となる人物です」

 大きな拍手とともに女性――美作はマイクを手に取った。そして先程本郷を睨みつけたとは思えない満面の笑みで話し始めた。

「どうも皆様、はじめまして!このたび、ヘッドコーチに就任した美作鈴です!日本の歴史上初と思われる女性ヘッドコーチですが、私は世界の誰にも劣っているとは思っていません!本郷監督の世界への覇道をできる限りサポートし、彼とともにワールドカップを目指したいと思っております!応援、よろしくお願いします!」

 彼女の話が終ると拍手が起こった。しかし、先ほどとは打って変わって、その拍手はまばらで不安の色が強くみられた。やはり、女性というのが軽く見られがちな風潮があるためか。はたまた、彼女の経歴が不透明なままだからなのか。と、ここで東山から彼女の説明が入った。

「えーみなさん、彼女について、誰なんだ?という疑問があるでしょう。美作コーチは、サッカー指導者ライセンスS級の持ち主で、20歳から約二年間、欧州の名門アヤックスのユース年代のコーチを務めております。そして、その実績を評価し、昨年から技術委員会に特別顧問という形で参加していただいておりました。今回、本郷監督の日本代表監督就任につきまして、彼女以上にサッカー文化の最先端を走る欧州を知る人物はいないということ、加えて海外の名門クラブでユースチームとはいえ2年選手に指導をしていた実績、この二つの点から彼女をヘッドコーチに大抜擢しました」

 東山の説明が終ると、記者たちはざわめきながらも、メモを取ったり写真を撮ったりしていた。2人の紹介が終り、質疑応答の時間に入る。ここでは特に重要な質疑応答だけを抜粋している。


「東京スポーツの西です。本郷監督にお聞きしたのですが、竜堂元監督の作った日本代表をベースにこれからチーム作りをしていくのか、それとも竜堂元監督のベースを無視して自分なりのチームを作るのか、どうお考えですか?」

「そうですね。竜堂元監督の御言葉の中で、『潰してくれて構わない』とのお言葉がございました。その言葉通り、俺らしい日本代表を作ろうと思っています」


「フットボーリストの宮村です。美作コーチに質問です。今回、女性初の代表コーチ就任ということで、正直世間からは普通のヘッドコーチよりも好奇の目で見られると思います。そのことについて何か」

「私としては、ヘッドコーチというのは選手と監督の間のコミュニケーションの橋を築く役職だと思っています。今回、本郷監督は前任のどの監督よりも難しい立場であると言わざるを得ません。だからこそ、選手とのコミュニケ―ションを大切に、そして私はそれをサポートするという役目を果たしたい。ので、世間がみるべきなのは私という黒子役ではなく、監督と選手だと思っています。私への注目は二の次にしていただきたい、そう考えています」


「Jフットの田岡です!本郷監督にお尋ねします。日本代表としてどんなサッカーを展開しようとしていますか?」

「僕は攻撃的なサッカーが好きですので、攻撃的な戦術をとりたいと思っています。それに、竜堂元監督が築いた守備戦術の基盤がありますので、そこも参考にしたチームを作りたいと思います」


「日本ジャーナルの戸川です。ヘッドコーチの件ですが、これまで通り外国人を呼んだり、Jで実績を出している監督を招聘するという風にしなかったのはなぜです?あ、誤解を生みたくないので先に言っておきますが、美作コーチの抜擢が納得しないのではなく、純粋に疑問に思っただけなので」

「では、私、東山がお答えします。確かにその方法もありました。しかし、時期的にJクラブからコーチや監督を招聘するのはシーズン中ということもあり憚られる。そして外国人を呼ぶというのも一つの案として出ましたが、本郷監督は難しい時期に代表監督に就任しました。これからに不安が多いのは確かです。この難しい時期に本郷監督を補佐するとなると外国人より日本人の方が、より信頼でき安心出来るだろうというのが技術委員会の総意でした。だからこそ、欧州での実績もあり、ヘッドコーチとしての経験豊かな美作コーチに白羽の矢が立ったと言えるでしょう」

 ここで質疑応答の時間も終わり、記者会見も終った。本郷たちも会場から撤収し、会長を除いた3人で日本フットボール協会へと向かった。その協会内で本郷は美作と初めて会話を交わすこととなった。

「どうも初めまして、今日からあなたの補佐を務める美作です。よろしく本郷監督」

「ああ、本郷慎一だ。これから長い付き合いになる。よろしくな」

 握手を交わす2人。この出会いが日本サッカー界に大きな変革の嵐を巻き起こすことは、まだ誰も知らない。

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