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BLUE DREAM  作者: 時紐
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電撃退任

 物語の始まりは、日本代表監督であった竜堂(りゅうどう) 龍城(たつき)氏が大病を患い、病床に伏したことだった。2016年4月、アジア二次予選を首位で通過し、順風満帆かと思われた日本代表にとってそれは衝撃的なニュースとなった。


「非常に無念ではありますが、国を背負うにはこの体は弱すぎる。選手たちもいつ死ぬか分からない男に率いられるのはいやでしょう。後任を誰がやるのか分かりませんが、私の6年をかき消してくれるほど、強い代表にしてくれることを望みます」


 これは監督退任記者会見での竜堂元監督の言葉である。この記者会見から国民に伝わってくるのは無念という気持ちだけしかなかった。彼の率いる日本代表は本当に強かった。自身は元代表の点取り屋で、イタリアでも得点王に輝いたほどの選手だったにも関わらず、彼は日本代表史上最も守備的なチームを作り上げた。どんなシュートも跳ね返し、ピンチを摘み取ってはチャンスにつなげる、その姿から強固な甲羅を持ちながら獰猛で攻撃的な動物、スッポンのようだと揶揄され続けた。

 日本国民は竜堂監督の退任を惜しむ声とともに、その後任人事に目を向けた。あるサポーターはドイツ代表監督を務めた経験もあるドイツ人監督ダリンスマンだと言い、あるスポーツ記者はACミランで優勝経験もあるイタリア人監督メッツィーナではないかと予想し、ある日本代表OBはかつて日本代表を指揮したブラジル人監督ゾッコだと豪語した。

 しかし、その予想はすべて外れることとなる。竜堂監督の退任記者会見の翌日、日本フットボール協会の技術委員会の委員長を務める東山はある男の部屋を訪れていた。




 東京にあるアパートの一室、そこに彼が求める男はいた。東山はドアをノックする。しかし、返事はない。ドアノブに手をかけてみると、鍵がかかっていなかった。東山は相変わらず不用心な男だと、旧友の変わらぬ生活様式に思いを馳せながら、おそらくまだ起床していないだろう男を起こしに部屋に突入することにした。

 彼の予想通り、その男はベッドに未だ横たわったままだった。お腹を晒し、被っていただろう布団も蹴り倒したのか、地面に落としている。

「……起きろ、本郷!お前に朗報だ!」

「んあ?……ヒガシ?なんで、お前が俺んちに?」

 東山の大声に目を覚ます男、本郷(ほんごう) 慎一(しんいち)。彼と東山(ひがしやま) 貴弘(たかひろ)は小さなころからの親友で、小学生のころに同じサッカーチームに所属していた。東山はそのまま特に大成はしなかったが、日本フットボール協会へと就職し、36歳の若さで技術委員会の委員長となる大出世を果たした剛腕である。

 東山の言葉に、本郷はキョトンとした表情で聞き返す。

「朗報?なんのことだよ」

「聞いて驚け、見て叫べ!技術委員会からお前に向けて、日本代表監督就任の願い、だ!」

 まさかまさかの日本代表監督就任の依頼であった。東山の言葉に本郷は目を丸くして驚いていた。喜びと言うよりかは、唖然といった驚き方だった。

「正気かよ……俺は『チーム潰しの本郷』だぞ?JFAはとち狂っちまったか?」

 チーム潰しの本郷。それが本郷のあだ名だった。30歳で現役選手時代を早めに終了させた本郷は監督業を志し、32歳の時に初めて監督としてのキャリアをスタートさせた。それから3つのクラブで指揮をした。成績は上々、Jセカンドのクラブを指揮した時はチームを初昇格へと導き、2年目はそのクラブをJファーストに残留させた。その功績が認められ、翌年は海外、プレミアリーグに昇格したばかりのチームに就任し、強豪ひしめくプレミアリーグで8位という結果を残した。だが、その翌年には解任され、それからはほとんど音沙汰がなかった。どうしてなのか、そこについては選手たちからの不満が多かったことが挙げられる。

 本郷のチーム作りは、選手同士の競争を激しくさせる傾向があるのだが、そのせいでチームが内部分裂してしまい、あだ名通りチームを崩壊させてしまった。その結果、彼の退任後もチームの調子は上がらず、「チーム潰しの本郷」というあだ名をつけられた。

 しかし、優れた戦術眼と機転の良さも相まって成績は残していくため、評価の難しい監督として扱われてきた。

 だからこそ、日本代表監督に自分が選ばれたことが驚きだった。だが、東山は笑顔で話を続けた。

「竜堂監督が直々にお前を指名したんだよ!それを受けて技術委員会でも会議が行われた。海外で実績を残した日本人監督は珍しい、その点の評価が高くて、俺も強烈にお前を推しておいた!なあ、もちろん受けるよな。本郷!」

「……竜堂サンはなんて言ってたんだよ」

 本郷の疑問はまだまだ多かった。なぜ、面識もほとんどない自分にまかせると言ってきたのか。謎な部分が多すぎて、本郷はまだこの依頼を受け止めきれていなかった。

「『僕が作った竜堂JAPAN、潰してくれて構わない。君なら最終予選を戦い抜ける日本代表を作り上げられる』だとよ。結構期待されてるぜ、お前」

「なんで俺だよ……いつも通り外国人監督にしときゃいいのによ」

「今回竜堂JAPANは強かったからな。お前への期待はでかいぜ」

「まだやるたぁ言ってねえぞ」

 不満げに口をとがらせる本郷、だが東山はニヤリと笑うとこう返した。

「お前はやるさ。なんせ、逆境であれば、あるほど、お前は燃える男だからな。30年来の友人のお墨付きだぜ」

 東山の言葉に本郷は何一つ言い返せなかった。確かにこの依頼に燃えている自分がいることを感じていたからだ。そして、この東山の言葉の通り、数日後、本郷慎一の日本代表監督就任が発表された。日本国民から賛否両論が飛び交ったのは言うまでもない。

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