黒の王と天使と少女
広く天井の高い部屋、窓はなく、広い部屋にはしては、少なすぎる明かりが灯っている、その部屋の上座に禍々しいオーラを纏い、石を叩きだして作ったような武骨な玉座に座る男がいた。
黒い髪に、黒い瞳、褐色の肌、腰に獣の皮で作ったような布を巻き、上半身は裸だ、無駄なものを全て削ぎ落したような引き締まった肉体、若い頃はさぞモテたであろう端整な顔立ち、だが一際目を引くのが男の額から生えた二本の角だ、男には角が生えていたのだ。
そして男の周りには綺麗な女性が五人、皆裸に黒いレースの布を羽織っているだけで、裸同然だ、レースは透けているので女性の体全てが見える、ただ裸でいるよりも、レースのせいで逆にいやらしく感じるが、目がいくのはこちらも、女性たちの額に生えた一本の角だ、ただ男のモノと比べると全然小さい。
男が飲み干して空にしたグラスに、一人の女性がお酒を注ぐ、血のように赤い酒だ、男がグラスを口に運ぶ時、開いた口から牙が見えた。
そんな時、玉座の間に男が入ってきて玉座の男に告げる。
「父上、あの方が参られました、こちらにお通ししてよろしですか? 」
父上と呼ばれた玉座の男が答える。
「ああいいぜ、ダノン連れてきな」
「わかりました」
すぐに、ダノンと呼ばれた男が一人の男を連れて戻ってきた。
「久しぶりだな、ジーク・スパルム・ハイネケン」
「傷は癒えたのかレオン? いやレオファルハーム様って呼んだ方がいいのか? 」
「レオンでいいって言ってるだろジーク、デストの王って呼んだほうがいいのか? 」
「はっ、バカにしやがって、でワザワザ出向いてきた要件を聞こうか? 」
「一言で言うと護衛だ、そろそろ俺の番でな、一日だけ俺の事を守ってくれないか? 」
「高いぞ」
「コレでお前に頼み事をするのも三度目だ、ぼったくられるのは承知の上だ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、それなりの事はしてんだろ、むしろ安いくらいだレオン」
「それもそうだな、で、頼めるか? 」
「俺が、お前の頼みを断ったことがあるか? 」
「悪いなジーク、宜しく頼む、日時は又連絡する」
「わかった、今度は酒でも付き合っていけよ」
「ああわかったよ、それじゃ頼んだぞ」
そう言ってレオファルハーム・スルームは消えた。
一人の少女がコーラリエの町の近くで、雪の中から顔を出す赤い花を摘んでいる、両親からは、町の外には一人で絶対に出てはいけないよと言われていた、だが今日は大好きなお母さんの誕生日、少女はお母さんにプレゼントを上げたい一心で、町の外に一人で出た。
氷の大地ヒエリアは魔物の数はそこまで多くはないが、一体一体が強い、Bランクの魔物やAランクの魔物が出現する、町の外はかなり危険な国だ、新人冒険者ならレベルが上がる前に瞬殺されておしまいだ、なのでヒエリアで活動する冒険者は中級からベテラン冒険者がほとんどだ、それでも町の外で魔物の群れに遭遇したり、Aランクの魔物が想像以上に強く、命を落とす冒険者がいるような国だ、少女が一人で町から出るのは自殺行為に他ならない。
ただ母親にプレゼントをしたいと思った世の中を知らない少女には、今自分が置かれている状況がどれほど危険なのかはわかっていなかった、そして少女は自分が言いつけを守らなかったことをすぐに後悔する。
少女は持ってきた小さな袋に赤い花を沢山摘んで、喜ぶ母親の顔を想像し嬉しそうに帰ろうとした、少女が町の方を振り向いた時、少女には自分が想像した景色と違う物が目に映った、そこには少女を餌としてしか見ていない火竜がいたのだ。
少女は恐ろしさのあまり声も出ない、幼い少女でもこの後自分がどうなるのか容易に想像できてしまった、全身の力が抜け、大事そうに両手で持っていた袋が手から落ちる、だが袋は地面に落ちなかった!
「お嬢さん一人でこんな場所に居たら危ないよ」
地面に落ちると思った袋を、落ちていたものを拾うように空中で手に取り、一人の男が少女の目の前に現れた。
「はいコレ大事な物でしょ、ちゃんと持ってないとね」
男はニコッと笑い、袋を少女に手渡した、そして火竜の方に振り返る、火竜は多分、さっき少女が自分に感じたであろう感情と全く同じ、いやそれ以上の感情をその男に抱いていたに違いない、一つ違ったのは、そう感じた時には霧となり消えていたことだ。
「僕は魔物でも生あるものは殺したくないんだけどね、人を食べようと思った時点で罪だから仕方ないね」
少女が見ている男、端整な顔立ちで、髪は白く肩よりも長い、肌も白い、瞳の色まで白かった、全てが真っ白だ、白いローブを着て、背中には一翼の白い翼が生えていた、片翼だ。
「えっと、天使様ですか? 」
少女が尋ねる。
「そうだよ、僕は北の天使カノエルダーナ・スルーム、危ないところだったね、僕が見ていて良かったよ」
天使は少女と同じ目線まで腰を落として話す。
「てっ、天使様、助けてくれてありがとぉ」
「どういたしまして、でもお嬢さん、お母さんに町の外に出ちゃいけないよって言われなかったかい?」
「うん、言われた、でも今日お母さんの誕生日で、それで、えっと・・・」
「そうだったんだね、お嬢さんは優しい子だね、でも外は危ないから、これからはちゃんとお母さんの言うこと聞こうね」
「うんわかった」
「約束だよ」
そう言って天使は右手の小指を少女に差し出す。
「約束」
少女は天使の小指に自分の小指を絡めた、天使はニコッと笑い、自分の翼から羽を一枚抜く。
「君のお母さんの誕生日なのに、僕は今、何も持っていないんだ、だからこの羽をお母さんに渡してくれるかい、つまらないものだけど、僕からのプレゼントだよ、天使の加護がありますように」
少女の顔から満面の笑みがあふれる。
「天使様ありがとぉお」
「それじゃ町まで送るね、またどこかで会うかもね、エミー」
天使はそう言うと少女のホホに優しくふれた、その瞬間、少女は自分の家の前に転移していた。
「あれ? 天子様? 」
少女は今あったことは夢だったのかと思った、だが、自分が両手で大事に持っている花の入った袋に、一枚の天使の羽が入っているのを見て、本当の事だったのだと再認識し笑顔になる。
「おかあさーーーん、今ね天使様に会ったんだよ」
少女は今起こったことをお母さんにとても嬉しそうに話す、魔物に襲われそうになったことなど忘れているようだ。
「エミーどこ行ってたの、いないから探したのよ」




