三回目の実験
ビデオカメラを設置した俺は、実験室を出る。今回の実験は、職員は全て実験室の外に出た状態で行う。
前回の水責め使用したのと同じ形態の檻にアルラを入れ、前回のように不安げな様子の彼女を取り残して、俺を含め研究員たちはすでに全て実験室の外に退避している。
ここから先は、機械の仕事だ。
遠隔操作の電源を入れながら、別室の監視カメラでアルラの様子を記録する。アルラが入った檻の下には、煮えたぎる水がある。それを見下ろしているからか、アルラのカチューシャは真っ黒になって、恐怖を示している。
水蒸気や檻の熱伝導による苦痛が無いのは、一時的にアルラの感覚神経をオフにしているためだ。
無表情でリボンを黒く染めて、沸騰した水を見下ろすアルラの姿は、まさしく生贄そのものだ。
『助けて、助けて』
スピーカー越しに、ひび割れた音でアルラの悲鳴が聞こえる。が、アルラを入れた檻を吊るしているクレーンは、容赦なく徐々に降りていく。
『あっ、あつ、あ、あつく……ない?』
足先が湯に浸かった瞬間に、アルラが首を傾げた。
まだだ。俺は、まだレバーを倒す手を止めない。
『これ、何? どうして?』
普段の大人びた話し方とはまったく違った様子のアルラは、よほど動揺しているのだろう。指先が熱で歪んでくるのに痛みもないことに対して、疑問を感じているようだった。
「ジャン博士、もういいのでは?」
「よし」
体が半分湯に浸かり、機械がイカレる前に実験を遂行しよう。
俺はレバーを倒す手を止めずに、もう一つのボタンを押した。そのとたん、檻の中のアルラがうねるようにのたうちまわり始めた。感覚神経を突然オンにしたのだ。
「うわぁ、お湯めっちゃ飛び散りますね」
「だから言ったろう、中に研究員がいては危険だと」
その危険を小さなからだ一つで受け止めているアルラを見ながら、俺と研究員たちはくだらない雑談で気を紛らわせる。
……誰もやりたくないのだ、こんな実験なんて。
そう思った瞬間、耳鳴りと同時に、スピーカーから音が聞こえなくなった。
「なんだこれは、故障か?」
「博士、どうしました?」
スピーカーが熱で壊れてしまったのか。かと思いきや、アルラのボディの空洞部分に空気が通る音なのだろうか、悪魔のような恐ろしい声が、遠い実験室から廊下を通って響き渡ってくる。
『パパ、きょうおふろあつすぎ!』
無音になったスピーカーと、耳鳴り。聞こえるはずのない声。
胃が締め上げられる。その場にへたり込んで嘔吐した私に、周りの研究員が駆け寄ってくる。
「博士!大丈夫ですか!?」
ジェスチャーで大丈夫だということを示しながら、俺は目眩をこらえていた。
『パパ、お風呂良い温度になったよ!』
やめろ、あいつを騙るな。やめろ!!
これが幻聴なのは、分かりきっている。金髪のよく似た少女はあいつではなくただの機械だし、あれは風呂ではなく煮えたぎるお湯だ。
でも、たった一つ、同じことがある。
「悪い、少し」
研究員に水の入ったグラスを手渡される。それを少し口に含んで、口元を拭う。
「博士、今日はもう帰られた方が…」
「そうですよ、残りは私たちだけでもできますから」
ちらりとカメラを見ると、のたうち回っていたアルラも、もうただの物体になっている。それを見て、また胃の中身が込み上げてくる。
「ああ、すまないが“残り”は頼んでもいいか」
私が部屋を出て扉を閉めようとした瞬間に、研究員たちが「博士の…」と私のことを話している声が聞こえた気がした。