表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リセット  作者: 吾妻 あさひ
6/19

三回目の実験

 ビデオカメラを設置した俺は、実験室を出る。今回の実験は、職員は全て実験室の外に出た状態で行う。

 前回の水責め使用したのと同じ形態の檻にアルラを入れ、前回のように不安げな様子の彼女を取り残して、俺を含め研究員たちはすでに全て実験室の外に退避している。

 ここから先は、機械の仕事だ。


 遠隔操作の電源を入れながら、別室の監視カメラでアルラの様子を記録する。アルラが入った檻の下には、煮えたぎる水がある。それを見下ろしているからか、アルラのカチューシャは真っ黒になって、恐怖を示している。

 水蒸気や檻の熱伝導による苦痛が無いのは、一時的にアルラの感覚神経をオフにしているためだ。

 無表情でリボンを黒く染めて、沸騰した水を見下ろすアルラの姿は、まさしく生贄そのものだ。

『助けて、助けて』

 スピーカー越しに、ひび割れた音でアルラの悲鳴が聞こえる。が、アルラを入れた檻を吊るしているクレーンは、容赦なく徐々に降りていく。

『あっ、あつ、あ、あつく……ない?』

 足先が湯に浸かった瞬間に、アルラが首を傾げた。

 まだだ。俺は、まだレバーを倒す手を止めない。

『これ、何? どうして?』

 普段の大人びた話し方とはまったく違った様子のアルラは、よほど動揺しているのだろう。指先が熱で歪んでくるのに痛みもないことに対して、疑問を感じているようだった。

「ジャン博士、もういいのでは?」

「よし」

 体が半分湯に浸かり、機械がイカレる前に実験を遂行しよう。

 俺はレバーを倒す手を止めずに、もう一つのボタンを押した。そのとたん、檻の中のアルラがうねるようにのたうちまわり始めた。感覚神経を突然オンにしたのだ。

「うわぁ、お湯めっちゃ飛び散りますね」

「だから言ったろう、中に研究員がいては危険だと」

 その危険を小さなからだ一つで受け止めているアルラを見ながら、俺と研究員たちはくだらない雑談で気を紛らわせる。


 ……誰もやりたくないのだ、こんな実験なんて。


 そう思った瞬間、耳鳴りと同時に、スピーカーから音が聞こえなくなった。

「なんだこれは、故障か?」

「博士、どうしました?」

 スピーカーが熱で壊れてしまったのか。かと思いきや、アルラのボディの空洞部分に空気が通る音なのだろうか、悪魔のような恐ろしい声が、遠い実験室から廊下を通って響き渡ってくる。


『パパ、きょうおふろあつすぎ!』


 無音になったスピーカーと、耳鳴り。聞こえるはずのない声。

 胃が締め上げられる。その場にへたり込んで嘔吐した私に、周りの研究員が駆け寄ってくる。

「博士!大丈夫ですか!?」

 ジェスチャーで大丈夫だということを示しながら、俺は目眩をこらえていた。


『パパ、お風呂良い温度になったよ!』


 やめろ、あいつを騙るな。やめろ!!

 これが幻聴なのは、分かりきっている。金髪のよく似た少女はあいつではなくただの機械だし、あれは風呂ではなく煮えたぎるお湯だ。


 でも、たった一つ、同じことがある。


「悪い、少し」

 研究員に水の入ったグラスを手渡される。それを少し口に含んで、口元を拭う。

「博士、今日はもう帰られた方が…」

「そうですよ、残りは私たちだけでもできますから」

 ちらりとカメラを見ると、のたうち回っていたアルラも、もうただの物体になっている。それを見て、また胃の中身が込み上げてくる。

「ああ、すまないが“残り”は頼んでもいいか」

 私が部屋を出て扉を閉めようとした瞬間に、研究員たちが「博士の…」と私のことを話している声が聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ