一回目の休日
一回目の実験は、あの後は驚くほど速やかに済んだ。
ショックにより心拍が停止したアルラを回収して研究員に引き渡し、記録ビデオから考察をまとめる。心を痛める必要などどこにもない、ただそれだけの"作業"だと、今は思えた。
昼食を外で済ませて研究所に戻ると、アルラが俺の部屋の前でぼんやりと立っていた。
「どうした、何か用か」
『いえ、暇だったもので、博士と少しお話がしたいなと』
新しく作られたアルラには、実験の前にバックアップした記憶が入れられている。……つまり、ここにいる彼女は、未だ実験を経験していないことになる。
アルラは、俺が手に提げている袋を覗き込み、何が嬉しいのかリボンを黄色に点灯させた。
『博士、いちごオレなんて飲むんですね』
「悪いか」
『いえ、人間らしくて良いと思います』
意味がわからない。俺が返事もせずにアルラの横をすり抜けて部屋に入ると、何故かアルラも続いて中に入ってきた。……先日、アンドロイドの権利がどうたらと語る二人の研究員によって、実験の無い日に限り、彼女の自由が保障されてしまったのだ。研究所内に限るとはいえ、こうして勝手に動き回られると"鬱陶しい"という実害があるのだが、彼らはそのことを知らないのだろうか。
わざと不服そうな顔をして見せても、アルラはリボンのついたカチューシャを黄色にぴかぴかと光らせたまま、首を傾げてくる。
俺はため息をかみ殺して、カルシウムと糖分を補給するために、ひとまずいちごオレを飲むことにした。
『博士には家族はいますか』
ストローを口に含んだ途端、脈絡もなくアルラに問いかけられた。これだから、ガキの脳みそを模したアンドロイドは苦手なんだ。きっと俺は今、いちごオレを飲んでいるとは思えないような苦々しい顔をしているだろう。
「どうしてそんなことを聞く?」
『事務員の人が、お子さんの写真をみんなに見せて回っていました』
「ああ、あいつか……」
事務員に、最近産まれたばかりの子供の写真を、誰彼構わず見せて回っている奴がいたような気がする。だが、俺はその子供がどんな子なのか、実はよく知らなかった。どうしてか、奴は俺には一度も写真を見せには来ないのだ。
『私は、家族がいなくて、寂しいです。博士には、こんな寂しさ、感じて欲しくないから』
「……家族、か」
すぐには答えられない問いに、俺は頭を悩ませた。アルラのことを鬱陶しいと思う気持ちは、いつのまにかなくなっていた。
こちらを見るアルラのカチューシャは、薄く黒色に染まっている。俺に家族がいようがいまいが関係があるわけでもなし、こいつが何を不安に思う必要があるというんだ。
「……いるよ」
どうしてだろうか。アルラの黒いカチューシャ……不安を示すそれを見ていると、家族はもう一人もいないのに、無意識にそんな嘘が口をついて出た。
俺の言葉に、アルラは相変わらずのっぺりした顔のまま、何度も何度も頷いた。
『博士が、寂しくなくて、よかった』
その言葉を聞いて、罪悪感がなかったと言えば、嘘になる。
死んだ娘とそっくりのこの少女を、俺はこれから何度も殺すのだから。




