五回目の休日
今回は実験パートはありません。
五回目の実験は、真っ白い閉鎖空間でずっと単調な音を聞かせ続けて、どの時点で気が狂うかというものだ。要は、今回も自白を強制する拷問を効率良く行うための実験だ。
俺はアンドロイドを研究所から出す許可をもらうための書類を作っていて、実験は他の研究員に任せていた。
そしてその修理を終えた二日後、アルラを街に連れ出す許可が降りた。
『博士……街にはいろいろなものがあるのですね。私の栄養とは違う食べ物が売っています』
「おい、あまり遠くへは行くなよ」
黄色い髪をなびかせて、街角をきょろきょろと見渡すアルラは、カチューシャが黄色く点滅している点を除かずとも、誰から見てもただの幼い人間の女の子だろう。こんないたいけな少女が連日人体実験に使われているなど、誰が想像するだろうか。
『博士、今日は連れてきてくれてありがとうございました! その、いろいろ大変だったと……お聞きしました』
おそらく喜んでいるのだろうが、相変わらず変わらない表情筋と抑揚のない声で、アルラが言う。
『でも、どうしてそんなに許可が必要なのですか? 私には、戦闘機能は実装されていないはずなのですが』
「そりゃ、逃げ出されたら困るからだろうが」
言葉にして、しまった、と思った。アルラの記憶からは、彼女を実験台にしていることすら、毎回の修理のたびに消していたというのに。
俺の焦りにも気付かずにアルラは、金髪の中に溶け込んだカチューシャをぴかぴかと光らせながら、『こんなに優しい博士の元から逃げるはずがありませんよ』などと言ってのける。
「お前も、ばかだな」
『博士に比べれば私は馬鹿だと思いますよ』
「いや、俺もばかだよ」
ため息を飲み込んで俯くと、隣を歩いているアルラの行き先が不意に横へと逸れる。
アルラが食い入るように見つめている先には、露天商の並びの一つ……装飾品屋があった。金銀の買取価格の貼り紙や虫入りの琥珀の指輪なんかを珍しそうに見つめながら、アルラは『これはなにに使うものですか?』と俺に尋ねてくる。
「使い物にはならんさ……ただ、そうだな、用途といえば、お守りにしたり大切な人に贈ったりすることじゃないか?」
その時、露天商の店主が戻ってきた。
「お嬢ちゃん、何か欲しい物はあったかい? せっかくなんだから、お父さんに頼んでみな」
露天商が、品物棚の奥から声をかける。
……お父さん。
振り返ったアルラの顔は、やはり無表情だ
『大切な人……』
俺はふと、そう呟いたアルラのカチューシャの黄色に黒が混じったことに気づく。
「おい、アルラ?」
どうかしたか?と聞くよりも先に、 なんでもありません、とこちらを見上げて言ったアルラのカチューシャは、もう混じりっけのない黄色だ。あれは俺の見間違いだったのだろうか?
『博士には、私よりももっとふさわしい娘さんがいるはずですから。私なんかが娘を騙っては、いけませんよね。 ……アンドロイドの、私なんかが』
「そうだな。お前は俺の娘じゃない」
自分の心にも言い聞かせるように、俺はアルラに告げる。
どんなに見かけが似ていても、お前は俺の娘じゃない。
俺の娘は、たった一人の、替えが効かない人間だったのだ。