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リセット  作者: 吾妻 あさひ
1/19

prologue

「×□年 △月 ◆日」


「数年ぶりに研究所から依頼が来て、このところはずっと忙しかった。」


「ようやく今日、最終調整が完了した。明日からは、"医療目的ではない"アンドロイド実験が始まる。」


 俺は手帳に走り書きのような日記を書き留めて、ペンを置く。

 実験の前の最終調整を終えた今は、明日の実験開始の定刻まで何もすることがない。退屈しのぎになるものはないかと部屋を見渡したが、この部屋には生活に必要な最低限の物しか無いようだ。泊まり込みの作業になることなど初めから分かっていたのだから、小説やラジオくらいは持ってきておけば良かった。

 仕方がないから明日に備えて早めに寝ておくか、と柄にもない真面目なことを考えて席を立った俺は、ふと思いついた。

 それは、一言で言い表そうとすると、「気まぐれ」だった。しかし、「寂しさ」や「懐かしさ」に全く心動かされなかった、と言うと、嘘になる気もした。


 俺は、部屋の中央にある冷たく硬く大きな台に、歩み寄った。それは“人間用”の手術台を模していて、様々な機材に取り囲まれていた。

 その中央に横たえられているのは、人間の少女を模した"被験体"だ。長くつややかな金髪が、台の縁から流れ落ちるように垂れている。その目は人間が眠るのと同じように閉じられていて、細い睫毛が白い蛍光灯に照らされて、金色の光をきらきらと反射していた。

 被験体の頭頂部には、リボン型の装置が取り付けられている。脳波をリアルタイムで解析して、大まかな感情ごとに色を変えられるそれは、実験の経過を観察するには、無くてはならない物だった。

 人間によく似たこの機械には、表情を変える機能が実装されていないのだ。……実験を行う者の心が、罪悪感で壊れるのを防ぐために。


 俺はそっと、被験体の電源を入れた。


 一呼吸置いて、静かな起動音とともに、リボン型の装置に、ニュートラルな感情を示す緑色のライトが点灯する。そして、彼女がゆっくりと目を開ける。……予定よりも僅かに起動が遅いが、まあこの程度ならば実験に支障は出ないだろう。

 青く透き通る目でぼんやりと天井を眺めていた彼女は、ふと思い出したように体を起こした。…それはまるで本物の寝起きの人間のようだ。そして、きょろきょろと辺りを見渡して、俺に目を留める。

『おはようございます』

 年頃の少女らしい、高くて涼やかな合成音声が、彼女の口から発せられる。起動確認はこれで8度目だが、何度聴いても違和感が無く、不気味にさえ思える。

『…おはようございます?』

「ひっ」

 俺が黙って彼女を観察していると、彼女は首を傾げて俺の顔を覗き込んだ。驚いた俺は、咄嗟に飛び退いてしまった。

『安心してください。私には戦闘用の機能は実装されていません』

 彼女はそう言うと、ゆっくりとベッドを降りた。その頭に着けられたリボンが、青く光る。

「そうか、お前も、人に怖がられると悲しいのか」

『当たり前です』

 今度は、怒りの感情を示す、赤色に。所詮はプログラムされた通りに動く感情ごっこなのかもしれないが、それでもよくできている。これは、人間らしい心を持っているかのように作られた、最高傑作のアンドロイドだ。

 俺が彼女の見事な出来栄えに惚れ惚れとしていると、彼女はそれを見ているのか見ていないのか、律儀に礼をした。

『申し遅れました、私はアルラと申します』

「知ってるよ、俺が付けた名だからな」

『! あなたが私の名付け親でしたか』

 何を思ったのか、アルラは突然俺の手をとった。柔らかな手の感触と彼女の揺れる金髪に、一片の懐かしさと罪悪感が刺激される。

『これからよろしくお願いします』

 俺の手を握りしめたアルラは、平坦な声でそう言って、表情の変わらない無機質な目で俺を見た。

 暢気なその言葉に、出かかったため息を飲み込む。

「やめてくれ、俺は娯楽目的でお前を作ったわけじゃないんだ」

『しかし、私は戦闘用ではないのでは?』

「お前は、ただの、実験台だ!」

 呑気な人造人間に苛立った俺が声を荒げると、彼女はびくりと体を震わせた。黒く光ったリボンは、少しして青色に変わる。

 のっぺりとした顔のまま、人間のように肩を落として俯く彼女に苛立つ。そう作ったのは俺だというのに、その姿で人間を騙った動作をされることが、腹立たしかった。これで下手な笑顔など浮かべられていたら、さらに神経が逆撫でされただろう。やはり、偽物のこいつに表情筋を付けなかったのは、妥当な考えだった。

 アルラは、恐る恐るこちらを向く。そして、俺の顔色を伺いながらも口を開いた。

『でも、そんなこと教えてしまっていいのですか。私だって、逃げたり、抵抗するかもしれません』

 他人事のように言う彼女は、きっとまだ実験の内容を理解していないのだろう。そして、自分の特性のことも。

「実験の前に、記憶を全て消去する。それまでお前はスリープモードだ。逃げるなら今しかないが、逃げられると思うな」

『……分かりました』

 それきり、アルラはもう何も言わなかった。


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