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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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役目【一】

 木に登った姉に、彼はついて行きたいと思った。

 ……だが、初めての木登りはうまくいかず。

 少し登ったところで、信行は地面に落ちてしまった。


「お前のせいで!」


 姉は悪くない。むしろ姉は待っているように言ったし、自分の不注意が原因だったのだ。

 それなのに、母は信行の言葉など聞かずに姉の頬を叩いた。

 そして母の理不尽な非難を、姉は黙って聞いていた。年上とは言え、姉もまだ子供だったのに、だ。


(私のせいだ)


 大好きなのに、大切なのに――逆に、自分のせいで姉が悪く言われてしまう。

 その事実に打ちのめされて、幼い信行はきつく拳を握った。



「出来たぞ、お濃」

「何がですか?」

「わしとぬしの子だ」

「…………は?」


 夜、二人の寝所にて。

 夜着姿で髪を下ろし、腕組みをして言う信長に、濃は思わず間の抜けた声を上げた。

 いや、まぁ、夫婦なので出来てもおかしくはないのだが――普通、こんな勝ち誇った顔で女性から言われるものなのだろうか?


「そんな訳で、腹がでかいうちはお濃にわしの代わりを頼みたい」

「でか……えぇ、まぁ、それは勿論」

「そして、わしは側室を持つぞ」

「はいっ!?」


 前半はともかく、後半は全く意味不明だった。

 たまらず目を見張った濃に、信長は笑みを消して口を開いた。


「この子はわしと、お濃の子だが……同盟が白紙となった今、美濃の血を引く子は不幸になるかもしれん」

「……信長」

「だから、この子はお濃ではなく側室の……家臣の娘と言うことにした、わしの子とする」


 すまんと頭を下げる信長に、濃は首を横に振った。

 異父兄に父が討たれたことで、信長は後ろ盾を失ったのだ。むしろ、二人の子供を守ろうとする気持ちが嬉しかった。


「側室なら女の名が必要ですね」

「それならもう考えてある……吉乃、だ」

「吉乃?」

「おぉ、わしの幼名の『吉法師』からつけたぞ」



(姉上に子が出来たのなら、戦場いくさばにはお濃どのが出てくるか……ならばお手並み拝見、といこうか)


 今、信行は謀反を企てている。

 まだ父が生きていた頃から、信長ではなく彼を当主へと支持する声は多かった。嫡子とは言え、信長は女――しかも、うつけと呼ばれる奔放な振る舞いに皆、不安を抱いたのだ。

 しかし、これまでは周りがいくら騒いでも、信行は兵を挙げようとはしなかった。

 ……そんな彼が今、姉への謀反を起こそうと思い立ったのは。

(後ろ盾を失った姉上を討とうとする不届き者は、私に接触してくるだろう)

 そうしてあぶり出された者達は、織田家には――信長には、不要の存在だ。

(そんな輩は皆、討たれてしまえば良い……そう、私も含めて)


 信行のことは母の土田御前は勿論、誰もが優しく穏やかと称する。

 しかし、不穏なことを考えて微笑む彼の顔は、いつも以上に優しく、穏やかだった。



 同年八月。ついに稲生の戦いが、信長と信行との戦いが始まった。

 信長の手勢七百に対して、信行は倍以上の兵力をようしていた。更に戦上手と名高い柴田勝家の活躍により、信長軍は主だった家臣を討たれてしまう。

 ……下っ端はともかく、勝家や秀貞は信長が子を産んだばかりだと知っていた。

 それ故、この戦場いくさばには当然、濃が代わりに来ていると思っていたが――。


「わしを討ちに来たか」


 凛とした、よく通る声。

 鎧に身を包み、勝家達を待ち受けていたのは、まさかの信長本人だった。

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