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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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再会【三】

 挨拶の後、濃は道三と共に湯漬けを食べた。

 湯漬けとは、言葉の通り白湯をかけたご飯のことである。現代の感覚だと手軽だが、この時代では宴会や正式な接客用の食事だった。

 もっとも、妻である信長が好んで食べるのは、ずばり早食いだからなのだが。

(あれだけ食べて太らないのは、すごいよな)

 思い出し、こっそり微笑んだ濃の耳に父・道三の声が届く。


「わざわざ呼びつけてすまんの。尾張との同盟もだが舅と婿として、一度きちんと杯を交わそうと思ってな」

「それは、かたじけのうございます」


 笑顔での言葉に、濃もまた笑みで応えた。和やかなやり取りに、美濃の家臣達が戸惑っているのが解る。

 美濃の蝮と名高い道三は、同時に魔物のような冷血漢としても知られている。それ故、味方である美濃の者達でさえ敬いつつも恐れている。

 そんな主君が、婿とは言え格下の信長相手に、こんなに穏やかに振る舞うとは――もっともな困惑だが、実の息子である濃は心の中で苦笑していた。

(面白がっているな、全く。父上は)

 思えば、この会見の申し出自体が茶番の始まりだったのだ。

 うつけと評判の信長を、表舞台に引っ張り出してその真価を世間に知らしめる。それこそが道三の目的であり、濃はその期待に応えたのである。

(まあ、本物の馬鹿だったら切り捨てれば良いだけだしね)

 とは言え、このままやられっ放しと言うのも少し面白くない。

 だからこそ道三同様、芝居がかった笑みを浮かべながら濃はこう切り出したのだった。


「本日はお出迎え、ありがとうございます……帰りはぜひ、私に見送らせて下さいませ」



 長袴は見栄えを重視しているので馬に乗るのには少々、不向きだ。

 とは言え、濃からすれば来た時の格好(小袖に打掛)よりは何倍もマシだった。しかも小袖で馬に跨る訳にはいかないので、来る時は横座りだったのである。

 一方、並んで馬を進める道三はと言うと先程とは一変して不機嫌だった。

 彼らの前には足軽と弓兵が、そして後ろには槍と銃を手にした兵達がいる。

 美濃の家臣達から離され、いつ首をられてもおかしくない状態だ。そりゃあ、道三からすれば面白くないだろう。


「あの長い槍は、ぬしが考えたのか?」

「『信長』です」

「成程……惜しいのう。ぬしに嫁がせておけば、斉藤家は天下を取れたろうに」


 そんな中、道三の話す内容が信長にではなく、濃に対してのものへと変わった。

 そして語られた内容に、濃は耳を疑った。

 現在、美濃を治めているのは道三だが、父はかつての主君からその地位を奪った。そんな前城主の子であるが故に、異父兄は長男だからだけではなく道三の後を継ぐと決まっている。

 ……しかし、今の道三は。

(仮に、信長を欲したからだとしても)

 兄にではなく、濃に継がせれば良かったと――父は、そう言ってくれたのだ。


「兄上が怒りますよ」

「フン。信長を斬れぬなら、と拗ねて来ぬような奴など知らぬわ」

「相変わらずですね」


 年上だが、義龍にはそんな子供じみたところがある。

 思えば、女として育てられた濃をよく馬鹿にしていたが――あれは、道三に敵わない苛立ちもぶつけられていた気がする。だとすると、この父が元凶か。

 そう思い至り、傍らの父を軽く睨みつけると、思いがけず真面目な表情を向けられた。

 そしてつられて頬を引き締めた濃に、道三は言ったのだった。


「まあ、結局は同じだな。美濃はいずれ、ぬしの……『信長』のものになるだろうからの」


 それが、道三が遺した最後の言葉で。

 遠ざかる背中が、濃が父を見た最後の姿だった。


 翌年、道三は濃の異父兄・義龍によって討たれる。血は繋がっていないが、人々は「蝮の子は蝮」だと噂した。


 ……もう一人の蝮の子である濃が、美濃を『取り戻す』のは更に数年後のことである。

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