再会【二】
「説明して下さい」
「……さっきは、黙っていたろうが」
「家臣の前で、あなたの話の腰なんて折れません!」
その日の夜。
濃は、夜着姿の信長へとつめ寄った。逆に言えば、夫婦の寝所で二人きりなら問題ないという訳だ。そんな濃の視線の先で、信長が子供のように唇を尖らせる。
「控えめなのも、良し悪しだと思うぞ」
「……えっ?」
「おかげで皆はぬしのことを、わしのよ……いや、夫としか見ておらん」
「何を言いかけたかはともかく、事実じゃないですか」
不満げに言った信長に、そんなことかと濃は笑った。結ばれて数年。信長が女だと知られない為には側室など作れないが、未だに信長が身ごもらない為に濃は(男だが)すっかり飾り物の正室である。
けれど、信長が頬を緩めることはなく――むしろ頬を膨らませながら、睨むように濃を見上げて続けた。
「剣の腕も兵法も、随分と上達した……伴侶としてのぬしも好きだが、わしは男としてのぬしも好きなんだ」
「……欲張りですね」
言葉同様、真っ直な眼差しが向けられる。初めて会ったあの日から、濃を捕らえて離さない黒瞳が。
「では、夫として妻の可愛いおねだりを叶えましょう」
そう言うと、濃は信長に口づけて抱き寄せた――愛しい相手は目を閉じ、その身を委ねることで応えてくれた。
……そして雪が溶け、道三との会見の日を迎えた時。
信長の影として、聖徳寺へ赴くことになった濃は――髪を下ろし、小袖に浅黄色の打掛を纏って家臣達の前へと現れた。
「おの……お館様、その格好は!?」
「似合わないですか?」
「いっ……いえいえいえ!」
どこに草(密偵)が潜んでいるか解らない。
だから、と咄嗟に言い換えた利家だったが、驚いていない訳ではない。いやむしろ、濃からの問いにどもって首を左右に振る辺り、大抵のことには動じない彼とは思えないくらい動揺している。
……無理もない。
女に間違われることはない。そんな信長の言葉に反し、髪を下ろした濃は十分、美女に見えるのだ。
「これは、私が嫁いできた時に着てきた打掛です」
そう濃が言ったのに、利家はハッと我に返った。そんな彼に、濃が笑みに双眸を細めて続ける。
「会見の場に赴くまで、父上の手の者……あるいは、父上自身が『信長』を見に来るでしょう」
「……っ!」
噂通りのうつけと思われたら、道三の意表を突ける。
そして濃だと気づかれれば、一対一で話し合える可能性が増す。
「どちらにしても、織田家に損はない……まあ、このお目汚しだけはお許し下さいませ」
「そっ……いや、はっ!」
くり返すが、濃の女装は完璧だ。背こそ高いが、声さえ聞かなければ誰も疑わないだろう。
現に『お目汚し』発言にどう反応して良いか解らず頷いた利家の横で、女好きであり恋敵(信長は知らないが)である藤吉郎は、濃に見惚れて真っ赤になっている。
「はー……って、俺は男色ではなーいっ!」
「おい、猿!?」
「……ふふ」
そんな彼らに微笑むと、濃は馬へと乗った。
ひらり、と翻った打掛は、まるで蝶のようだった。
※
打掛姿の濃は足軽と弓兵、それから背丈よりも長い朱槍と、鉄砲を掲げた行列を引き連れてやって来た。戦をするつもりはないが、やはり最初の掴みは肝心である。
一方、そんな織田勢を会見の場で出迎えたのは裃と長袴を身につけた、美濃の家臣八百人だった。整列した彼らの前を通りながら、濃は声に出さずに呟いた。
(こんなに仰々しくするなんて……これは絶対、父上、どこかから見てるな)
……とは言え、仮に自分だと気づかれたとしても、流石にこのままの姿で道三と会うつもりはない。
それ故、寺に着いた濃は四方を屏風に囲ませ、髪と着物を整えた。その時、屏風を持っていた者達が赤面していたのはご愛敬である。
そして颯爽と長袴をさばくと、会見の場へと向かい――直垂に着替えた濃に仰天する重臣達の中を進んで、父の前へと座った。
「織田上総介信長、参上致しました」




