再会【一】
政秀の亡骸を見て、遺書での謝罪を読んでも信長は泣かなかった。ただ、共に来た濃の傍らで、青白い頬へと手を伸ばし口を開いた。
「……解った。置いてゆくから見ておれよ、じい」
微笑みながらのそれは、自刃した相手への彼女なりの許しだった。そして再び、政秀の顔に白布をかけると――唇を引き結び、毅然とした表情で立ち上がった。
美濃との同盟は信長の父・信秀との間で交わされ、濃との婚儀を取り仕切った政秀により結ばれた。
しかし二人とも、もはやこの世の存在ではない。
(父上が……美濃の蝮が、動く)
父子だからこそ、濃は誰よりも道三を理解していた。道三がその気になれば、たとえ濃がいたとしても躊躇なく尾張を攻めるだろう。
それ故、同様に表情を引き締めて濃は信長の後を追ったのだった。
※
政秀の死を、隠し通せるとは思っていなかった。
しかし予想外だったのは、彼の死がうつけの信長を諫める為だと噂されたことだ。
(どうして、こんな噂が?)
確かに、死の真相から信長が女性と悟られても困るが――それ程のうつけならば、と口実を与えてしまったのではないか。そう家臣達が不安に思っていると、城に使者が訪れた。
それは道三からの、信長との会見の申し出だった。
「煽ってみたが……流石に、いきなり攻め込んではこぬか」
「……殿っ!」
まさか、噂を流したのが信長自身だったとは――呑気に物騒なことを言う信長に、声を上げたのは林秀貞だ。政秀同様、父子二代に仕えている家臣だが、忠義一筋だった政秀とは違い、秀貞は信長の弟・信行を当主にと目論んでいる。
……しかし、ここで美濃と戦になっては廃嫡以前の問題で。
それにもう一つ、秀貞達が今回の会見で懸念することがあった。
「会って、殿が女だと気づかれたらどうするのですかっ」
現在、信長は二十二歳。
女性にしては背が高く、闊達な所作のおかげもあり、一見、男性に『見える』。
しかし、首や腰の細さはやはり女性のものだ。現に、草履持ちから家臣となった木下籐吉郎は(女好きのせいもあるだろうが)一目で信長を女性と見抜いている。
「まさか、鎧姿で会見の場に向かうことは出来ませぬし」
「……ハッ!」
冗談にしか思えない発言だが、秀貞は真剣だった。もっとも笑いのツボに入ったらしく、信長は腹を抱えて笑っている。
「案ずるな、秀貞。女には間違われぬ」
「殿、間違いも何も、殿は……っ」
「昔なら、ともかく……今のお濃が、女に見えるか?」
目尻に浮かんだ涙を拭いながらの問いに、秀貞は目を丸くした。いや、彼だけではない。家臣一同、そしていきなり名指しされた濃もきょとんとしている。
そんな面々に、笑顔のままで信長は続けた。
「会見には、お濃を行かせる。今回だけではない。他国の武将と会う時は、お濃をわしの『影』とする」
「殿っ!?」
「……信長っ?」
「お濃は、わしが選んだ伴侶……名代には、最適であろう?」
質問の形を取ってこそいたが、それは決定で。少なくとも、今回の会見に関しては実の父子と言うこともあり。
(……任せるしかあるまい)
当の濃以外の家臣達は、半ば観念して頷いたのだった。




