表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一花繚乱  作者: 渡里あずま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/26

邂逅

 竹千代が二歳の時、母は父に離縁された。母の生家が、今川家に逆らったからだ。

 生き別れた母の事は、ほとんど覚えていない。

 ……ただ、一つだけ。

 竹千代の髪や頬を撫でてくれた、優しい手――それだけが、母の全てだった。



 自分は、本当についていないと若干、六歳にして竹千代は思う。

 今川家への忠誠の証として、彼は駿府へ行く事になった。つまりは人質である。

 しかし、ここで予想外の事が起きた。家臣の裏切りにより、竹千代は尾張へと連れて来られてしまったのだ。

 彼の身の振り方は、大人達が決める。不安だが今までのように、竹千代には結果を待つ事しか出来なかった。


「ぬしに会いたくてな」


 そんな竹千代の部屋にやって来て、開口一番『彼』はそう言った。その言葉が癪に障り、気がつくと竹千代は口を開いていた。


 母が離縁された事。

 そして今川家への人質として、駿府へ送られようとしていた事。


「そんな父が、今川を裏切る訳がありません。たとえ、織田が私を奪い取ったとしても……こんな価値のない私に会いたいなんて、やっぱりあなたは大うつけです」


 一気にそう言って、竹千代は相手を見返した。

 やって来たのは、織田家嫡男である信長だ。泥に汚れた顔に、着崩した女物の着物。確かに噂通りの『うつけ者』だ。

(いくら私が無力な子供でも、こんなうつけに馬鹿にされたくはないぞ!)

 キッと睨みつけた竹千代に、信長が軽く目を見張る。

 それからズカズカと近づき、手を伸ばしてきた相手に「殴られる!」と思って目をつぶると――むに、と頬を摘ままれたのに、驚いて目を開けた。


「だが、ぬしは生きておるではないか」

「……えっ?」

「こんなに小さいのに、頑張って生きておるではないか……だから、会いたいと思ったのだ」


 そう言うと、信長は摘まんだ頬から手を離し、代わりに優しく撫でてくれた。

 温かい言葉やぬくもりは、頬を撫でる仕種も相まって、竹千代に生き別れた母を思わせて。


「……っふ……!」


 刹那、ずっと堪えてきた涙が堰を切ったように溢れ出た。

 いきなり目の前で泣き出した竹千代を、信長は抱き締めてくれた。

 ……男の筈なのに、信長の胸は柔らくて。

 驚いて泣き止んだ竹千代に、信長は「秘密ぞ」と唇の前に指を立てて笑ったのだった。



 それから二年後、竹千代は織田の庶子と引き換えに再び、今川の人質に差し出される事になった。


「ぬしには、やはり生きる力がある。だから、運がついて回るのだな」


 別れ際、信長はそう言って竹千代の頭を撫でてくれた。

 彼女は、年の離れた弟のように竹千代に接してくれたけれど――竹千代にとっての信長は姉でも、ましてや母でもなかった。

 だが、信長はすでに斉藤道三の息子を伴侶としており。

 更に想いを告げ、遠ざけられるのが怖かった竹千代はせめて、とあの日のように信長に抱き着いた。

 あの日とは違い、晒しを巻いた胸は柔らかくはなかったけれど――伝わるぬくもりは、初めて恋に落ちた日と同じもので。

 忘れまい、と竹千代は抱き締める腕に力を込めて、目を閉じた。


 その後、竹千代は今川家の姫(義元の姪)を娶る事になる。

 だが、更に数年後――元服し、今川家から独立した彼は信長の盟友となるのだった。

 ……徳川家康。

 それが、成長した竹千代の名前である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ