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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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婚儀【二】

 不自然と言うのなら、女装してまで生き延びた自分もそうだ。

 しかし、濃には簡単に人生を諦められない理由がある。


「人はっ、成すべきことがあって生まれてくるんです! あなたはその、成すべきことを果たしたのですか!?」

「……は?」


 きっかけは、覚えていない。

 だが恥を晒し、異父兄に馬鹿にされていた濃は、そう思わなければ生きていられなかったのだ。

 それ故、頭で考えるより先に濃は信長を怒鳴りつけ――次いで我に返り、己の考え無しの行動に青ざめたのだが。


「クッ……ハハハッ! 流石、蝮の娘よっ」

「……娘では、ありません」

「おう、そうであったな」


 高らかに笑われたのに、ついつい濃は反論した。

 そんな彼に軽い口調で答え、信長が小首を傾げるようにして顔を覗き込んできた。


「うつけよ、荒くれ者よと言われたわしに、説教とは。気に入ったぞ!」

「信長、様」

「しかし、男にしては少々、細いし軽いな……婚儀が終わったら、わしが鍛えてやる」


 声は確かに男にしては高いが、言動のせいで目の前の相手は少年にしか見えない。

 けれど顔立ち自体もだが、向けられた真っ直な眼差しと笑顔を――濃は、とても美しいと思った。



 結局、乗ってきた輿ではなく信長と共に馬に乗り(と言うか、先程同様にしがみつき)濃は城入りした。


「信長様っ! 婚儀までは、姫との目通りは控えるようにとあれ程っ」

「そんなの、今か夜かの違いではないか。じいは、相変わらず堅苦しいな」


 美濃でも、尾張からのお迎え役と嫁ぐ姫として顔を合わせてはいたが――信長の傅役(教育係)であり、今回の婚約を取りまとめた平手政秀と、こうして間近で会うのは初めてだ。

(この人が、私の恩人か)

 今回の婚儀があったからこそ、自分はここにいる。そう思って見つめると、彼の視線に気づいた政秀の表情が曇った。

 そんな相手の様子に戸惑っていると、濃の両肩に手を置いて信長が言う。


「心配するな、じい。濃は、わしの最高の伴侶だぞ」

「……はぁ」


 そこで、あ、と濃は気づいた。

 この城の人間のどこまでが、信長が女だと知っているかは解らないが――傅役の政秀が知らない筈がない。

 そんな彼からすれば、濃は哀れだろう。何せ、女同士だ。子を産めない濃は、飾り物の正室になる。

(……顔に出ちゃう辺り、良い人だなぁ)

 おそらく政秀は、信長の後ろ盾にと道三の力を求めて今回の婚儀を申し出たのだろう。

 だが、利用したのはお互い様だ。それに蝮と呼ばれた父や、性格の悪い異父兄を見て育った濃から見れば、むしろその実直さは好ましく思えた。

 それ故、微笑みながら政秀を眺めていると――そんな二人のやり取りを見ていた信長が、ふむ、と何かを思いついたように頷いた。



 城入りした翌日、信長の家族・親族と濃姫のお迎え役である政秀とで、婚儀の宴が開かれた。

 ……だが、しかし。


「信長様っ!?」


 政秀が、驚きの声を上げたのには理由がある。

 夫である信長が、白無垢を。そして妻である濃が髪を切り、直垂姿で現れたからだ。


「騒ぐな、じい。明日、皆の前に出る時は濃にかもじをつけさせる」

「そう言う問題ではございません! 姫君に、何と無体なことを」

「無体ではない。これが我らの、正しき姿よ……わしに相応しい伴侶だと、言うたであろう?」

「……は?」


 信長の言葉に困惑の声を上げた政秀が刹那、息を呑んで濃を見る。

 そんな政秀に、男姿の濃はにっこりと笑い返した。

 確かに、濃が女性なら尼でもないのに髪を切るなんて冗談ではないが――男である濃にとっては信長の言う通り、これが己の『正しき姿』だからだ。


「女子の幸せを得たのなら、跡目は信行に任せて身を退けば良かろう」


 だが、冷ややかな声音が濃の耳を打ち、場の空気を凍りつかせた。

 声の主は、土田御前――信長の父・信秀の正室であり、実の母である。

(次男の信行ばかり可愛がって、信長と不仲だと……噂には聞いていたけど)

 今の言葉を聞けば、そして信長に向けられた声音同様の眼差しを見れば、初対面の濃でも真実だと解る。

(でも、女なのも後継ぎなのも、信長が悪い訳ではないのに)

 そう思い、信長を見ると――逆に、安心させるような笑みを向けられた。そして真っ直に母親を見返して、信長は言ったのである。


「昨日までなら、それも良いと思えましたが……まだわしは、何も成しておりません故」

「信長!」

「そう、わしは父上の後を継ぐ為に元服をし、初陣を果たしました。戦国の世の習いも、迎え撃つつもりです」


 凜とした声が紡いだのは、母だけではなくこの場に居合わせた者達への宣戦布告だった。

 ……瞬間、濃は気づいたのだ。

 自分が、尾張にやって来たのは――生きてきたのは、信長にこの決意をさせる為だったのだと。

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