前夜
天正十年、信長は安土から上洛した。
「お濃は、すでに亡き者になっているのではと噂されている。そんな口さがない者どもを、黙らせてくるわ」
そう家臣達に言って笑った信長は、かつて濃が切り落とした髪で作られた髢をつけ、小袖に打ち掛けを羽織っていた。
そう、信長は『濃姫』として信長の影である『濃』と共に上洛したのである。
それから『濃姫』を披露する口実として六月一日、信長は本能寺で茶会を開いた。
名高い茶道具の数々と『濃姫』の美しさを、公家達は口々に褒め称えた。
……小姓衆だけを連れたその上洛こそ、謀反人をおびき寄せる為の口実だと知るのは信長と濃、そして。
「今回の上洛では、謀反が起こる可能性がある……言わないで、巻き込むのは流石に不公平だからな」
上洛前夜、信長は小姓衆を呼び出してそう告げた。
当然、小姓衆は驚いたが、一方で思い当たる節があったのだろう。同席した濃の前で、ざわつきながらもどこか腑に落ちた表情をしている。
そんな中、蘭丸が前に出て信長に頭を下げた。
「お気遣い、ありがとうございます」
「蘭丸……」
「しかし、見損なわないで頂きたい……我ら小姓衆は、上様の刀であり盾。むしろ、ここで怖気づいては本末転倒でございます」
それから顔を上げてキッパリと言い切る蘭丸と、彼に従うように信長へと頭を下げる小姓達に。
軽く目を見開いていた信長は、すぐにニッと口の端を上げて言った。
「で、あるか」




